第86話 嗚呼ムボウ

 妹の奇行の始まりは、小学生の頃から遡る物だった。

 そのきっかけは図工の時間での、本当に些細な事だったのだと思う。

 その時妹は、粘土で好きな動物を作るようにと先生に命じられたらしい。全くもってごく普通の授業の一コマだったと私は思う。そして妹は、犬だとか狐だとかを作ろうとしていた。ただそれだけの事だったはずだ。

 ただ、妹は作った動物の顔を上手く作り出す事が出来なかったのだ。その事だってよくある事と片づけられるはずだ。何せ小学生だったし、粘土も粉微塵にしたレンガに水を混ぜて練り上げたみたいなものだったのだから。硬くて伸びにくい粘土であれば、作るのに難儀するのは仕方ない事だ。他の子供らだって、脚が太かったり、翼が分厚かったりと不格好な出来になってしまっただろう。

 しかし、になった動物の像を見て、周りの男子たちがはやし立てたのだという。顔がないなんておかしいだとか、何とかってね。

 そして売り言葉に買い言葉という流れなのか、妹も妹でのっぺらぼうの状態で仕上げてしまったんだ。図工の教師? 彼はのっぺらぼうの犬をそのまま完成品として受け入れたそうなんだ。後で解ったんだけど、その図工教師は教員免許は持っていたけれど、美大で作品作りにどっぷりハマったような、一歩間違えれば芸術家になっていたような人らしいんだ。ああ、だからこそ「顔が無いのも※※ちゃんの中で真実ならばそれでいい」なんて無責任に言ってしまったんだろうね。

 ああ、ああ。責任転嫁するつもりは無い。だけど、それこそが妹の奇行を後押しするきっかけになったんだ。姉として断言するよ。


 妹の奇行。それは顔のない犬の像を偏愛し、崇拝する事だったんだ。

 もちろん、ただそれだけだったら子供の遊びだとか、中二病を患っただけだと笑い飛ばせると思う。それで収まったのならばどんなに良かったかって今でも思うよ。

 しかし実際にはそうはならなかった。のっぺらぼうの粘土細工を笑った男子たちは、ことごとく事故に遭ってしまったんだ。この時私はぞっとしたよ。妹のクラスメイトが因果のごとく事故に遭ったからじゃあない。その事を知った妹が、忍び笑いを漏らしていた事に、ね。

 しかもそれは始まりだったんだ。

 顔のない犬への妹の崇拝は、月日が経つにつれて深まっていった。最初は一体だけだったのっぺらぼうの犬は、二体、三体……と気付けばその数を増やしていた。粘土を使って妹が作っていたんだよ。最終的に、妹は顔のない犬をどれだけ作ったんだったっけな。私もいちいち数えてなんかいないから解らないんだけどね。

 しかもただ作って満足していただけじゃあないんだ。嗚呼、冒涜的にも、妹はそいつらにお供えなども行いだしたんだ。最初はお菓子とかそんな他愛のない物だったんだけどね。段々と木の実だとか昆虫、そして小動物の死骸と、血生臭くワイルドな物に変貌していったんだ。野良猫とか犬なんぞに手を出さなかったのは、まぁわが妹ながら理性で堪えたんだと思うけどね。

 そして妹は、いつしか顔のない犬たちを狛犬だと言い張るようになったんだ。お供え物をしているから、カミサマと同じだなんてうそぶいて、ね。


 ああ、ちなみに妹は今はここには居ない。別に悲しい理由とかではない。彼女はエジプトに向かっただけなんだ。

 狛犬のルーツはスフィンクスであるという事を知って、それでスフィンクスを調べようなどと言ってそれっきりさ。

 ただ、妹は現地での像がある事を知ったらしくって、その事を私にメールを寄越していたかな。言うまでもなく、ひどく興奮した様子の文面だった事は覚えているよ。

 もっとも、そのメールを最後に妹から連絡は無いんだけどね。

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