第85話 Gホイホイの憂鬱――現代版小猟犬――
このところ、仕事が忙しくて家の事まで手が回らなかったのだ。誰に言うでもなく、おれは心の中でそんな言い訳を放っていた。部屋の片づけを怠り、ついでにおやつとかをちょっと買い込んでしまっていた。そしてそのツケを払う時が来たのだ、と。
そんなふうにおれが思ったのは、部屋で黒いアレを目撃してしまったからだ。一匹いたら三十匹はいるというアレである。
ホイホイを購入せねばならないな。おれはそう思いながら風呂に入って床に就いた。アレを発見したのは午後十一時を回った時の事だった。店という店は既に閉店している最中である。何となく腹立たしいが、寝る他になかった。
あまりにも我が物顔で部屋を闊歩するG共に腹が立ったのだろうか。その夜おれは奇妙な夢を見た。小さいオッサンが馬や猟犬を連れて狩りをする夢だ。夢なんだな、と解ったのは、オッサンも馬も犬も異常なまでに小さかったからだ。ポニーとかチワワなどと言うレベルじゃあない。何せオッサンたちは、鹿でも狩るような感覚でハエやGなどと言った昆虫類を狩っていたのだから。
もしかしたら、それはある種の願望だったのかもしれない。その時おれは、無邪気にそんな風に夢を解釈していた。
翌日。おれは仕事帰りにGホイホイを購入した。すぐに部屋のあちこちに仕掛けたのは言うまでもない。鮮やかな色調のGホイホイが部屋の家具から顔を出しているのは幾分不細工に見えたが……害虫どもを捕殺するためだから致し方なかろう。
これを機に、部屋の片づけに着手せねばならないよな。そんな事を思いながら、おれはまったりと過ごしていた。
翌朝。土曜日だからのんびり過ごせるし、いつもより遅くまで寝ていても大丈夫だろう。そんな風に思っていたおれを覚醒させたのは、無遠慮なインターホンだった。ああ全く、こんな時間に誰なんだ? おれは半ば苛立ちながらもドアの前に立った。ドアスコープから見えるのは、隣の部屋に暮らすOLだった。
相手の素性が解った事で少しばかり安堵し、それと共に少し疑問も抱いた。回覧板だろうか?
「あの、どうされました」
つとめて穏やかな口調で問いかけたおれであるが、隣人は恐ろしい物でも見たと言わんばかりの表情でおれを見つめていた。
「どうしたもこうしたも……夜中から、あなたの部屋で恐ろしい悲鳴が聞こえたんです!」
何かおかしな事でもありませんよね? 疑わしげな眼差しと言葉を前に、おれはドアを閉めようとした。だが隣人はそれよりも先に半身を挟み込み、阻止してしまったのだ。
「ちょ、何をやってるんだ」
「やっぱり後ろ暗い事でもあるんですか。隣人なので確認したいんです」
きっぱりと言い切るOLに対し、おれは何も言えなかった。ここで突っぱねて警察に連絡されたら色々とややこしい。しかし汚い部屋を見られるのも嫌な事には違いないのだが。
とはいえ、後ろ暗い事が無いとなれば、彼女も大人しく立ち去ってくれるはずだ。というか凄い豪胆な心の持ち主じゃないか。
部屋の中でやましい事は何一つない。その事を彼女はその眼で見て納得してくれたようだった。恐ろしい悲鳴というのが何であるのかはちと気になる所であるが、ひとまず一件落着だろうか。
そんな事を思っていたおれは、ふとGホイホイの一つに視線を留めた。異様に膨らみ、もぞもぞと動いたように見えたからだ。
気になったおれはホイホイの様子を見た。思いがけぬほど重たくなっているという事も込みで異様だ。
組み合わせている所を外し、中の様子を確認したおれと、隣でその様子を見ていた彼女は絶句した。
Gホイホイに捕まっていたのは、ミニチュアサイズの馬や猟犬、そして彼らのあるじであろう小さいオッサンたちだったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます