第83話 八畳敷の民家

 大学で知り合った友達の住まいはちょっとした民家だった。厳密には一軒家なのだけれど、どうにも民家と呼びたくなるような風格と貫禄がその家からは漂っていた。

 それはもしかしたら、周囲の環境によるものでもあったのかもしれない。

 端的に言えば田舎町、それも奇妙な風習の残る田舎町だったのだ。ある通りでは、送り狼だか何だかの襲撃を恐れ、夜に帰る人間たちはゴロゴロ転がりながら進むのだとか。それに田んぼや里がすぐ傍にあるためか、狸や狐、ハクビシンの姿もよく見かけるような気がした。特に狸などは妙に人懐っこく、人間を見ても逃げ出さない程だ。

 友達曰く、この民家に暮らすにあたり、火気の取り扱いには気を付けて欲しいと言われていたそうだ。煙草は吸わない事、火を使うのならば所定の場所のみにする事……などと言う話を事前に聞かされたという。何とも妙な話であるように思えたが、友達は特に深くとらえている素振りも無かった。彼は煙草を吸わなかったからだろう。


 友達の民家に泊り込み、何というわけでは無いのだがふざけ合い、妙に盛り上がった夜があった。大学特有の長い夏休みの序盤で、男同士で酒も入っていたからだろう。煙草とは異なり、件の民家では飲酒については特に咎められてはいなかった(まぁその事までああだこうだ言う事自体が異様なのだろうけれど)。それどころか、お酒を供えておくスペースもあったくらいだと友達から聞いていた。


「そうだ、折角だから花火もやろうぜ」

「おっそうだな。やっぱり夏は花火だもんなぁ」


 ある程度酒が回って良い気分になった所で、なし崩し的に花火をする事になった。酔っている状態で花火をするなんて、冷静に考えれば危険極まりない話だろう。だがそこは、若きの至りや酔った勢いでやってしまったのだと思ってほしい。

 しかもこれが、奇妙な出来事の呼び水だったのだから。

 若くて血気盛んな男二人だから、大人しく線香花火で……などと言う事にはならなかった。最初から手持ち花火で盛り上がり、あまつさえ吹き出る花火を持ちながらくるくる回るなどと言う奇行に走ったりしたのだ。

 そして友達の持つ花火が民家の方に向けられた時、異変は起きた。


「グギャーッ! 熱、あっついっちゅうねん!」


 奇妙な悲鳴とオッサンみたいな声が聞こえてきたかと思うと、妙な爆風が民家を中心に発生したのだ。煙と石ころの混じった風にあおられ、友達も自分ものけぞり、そのまま仰向けに転がってしまったのだ。花火は幸いな事に鎮火していた。

 そして起き上がった時には民家は影も形も無かった。

 ただ、諸々の生活用品が散らばった空き地の中心で、一匹の狸が恨めしそうにこちらを眺めていただけだったのだ。


 後に知った事なのだが、豆狸と呼ばれる狸の妖怪は、八畳敷きを用いて人を化かすのだという。広げて家や屋敷があるように見せる事もあるのだとか。

 友達が民家だと思っていたのも、まさしく狸の八畳敷きだったという事だろう。


※作中の花火描写は物語の演出です。花火を楽しむ際は、危険な事の内容、安全に楽しむようお願いいたします。(筆者註)

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