第82話 古椿の怪

 早春を彩る椿の花は確かに美しい。ぼってりと繋がった花弁の鮮やかな紅色と、中央にある黄色い雄しべの色彩は、冬景色にありがちな白色や椿そのものが茂らせる緑の葉に対してよいコントラストとなっているだろう。

 その一方で、椿の花は何処か不気味なイメージが憑き纏うのも事実だった。花がそのまま落ちるさまに、首が落ちる様子を重ね合わせる者もいるという。或いは、年数を経た椿の古木は、牛鬼ないし美女に化身し、人を惑わせるという伝承を信じる者すらいるという。

 二十一世紀を迎えてはや二十年以上経つが……これらの伝承を荒唐無稽だと一蹴出来るものなのだろうか?


 田舎で育った子供たちにしてみれば、どのような場所でも遊び場になる可能性を秘めているのだ。

 もはや何を祀っているのかさえ定かではない、古びた小さな祠もまた例外ではなかった。もっとも、子供らの印象に残っているのは、祠の背後にある椿の古木、そしてその群生の方だったのだけど。大本は古木が一本だけだったのだろう。しかし親玉が花をつけ実を結び種を落とし、椿の苗と若木を増やしていると言った風情だった。祠の裏手に植わっているという事もあり、大人たちもあまり手入れしなかったのかもしれない。

 そんな訳で、春になるたびに祠の周囲では椿が花を咲かせ、鬱蒼とした周囲に緋色の彩を灯していたのだ。緋色の花は派手なはずなのに、何処か静謐な雰囲気を漂わせていた。


 悪童たちが祠を訪れたのは夏の昼下がりの事である。夏の暑さは年ごとにいや増すばかりであるが、祠の周囲は鬱蒼とした木々に覆われているため、そこだけは外気温が五度ばかり低かったのだ。

 春には緋色の花を咲かせる椿の群生であるが、もちろんこの時期には花などは無い。既に花は終わり、艶のある実をそこここに付けている最中であった。実の表面もまた、徐々に薄赤く色づいている頃でもあったのだ。

 そして奇しくも、古木のやや低い部分にも椿の実がぶら下がっていた。そしてそれに、悪童たちは気付いたのだ。


「おっ、これはお化け椿の実じゃねぇか」


 リーダー格らしき気の強そうな少年が椿の実をもぎった。自由研究のネタになるぜ、などと言いながら、もぎったばかりの実を割ってみようと画策したのだ。

 分厚い表皮で覆われている椿の実は、もちろんすぐには割る事は出来ない。少年はだから一計を案じ、実を地面に置いて平たい石を握りしめた。原始人よろしく石で実を割ろうという魂胆である。

 少年の思惑通り、椿の実はざっくりと割れて中身が露わになった。

 だが悪童たちは、露わになった中身を見てアッと声を上げてしまった。

 

 というのも、小さな椿の実から姿を現したのは、小さな牛の胎児のようなモノだったのだから。


 悪童たちのヤンチャぶりはすぐに収まるような物ではない。しかし、彼らがあの祠に近寄る事はなくなったという。

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