第81話 惹き(寄せ)ガエル

 倉田少年は、学業の合間にライトノベルやウェブ小説を嗜む趣味を持つ男子中学生だった。本を買うにもお金がかかる(図書館は近所にあらず、学校の図書室の本は彼の好みではなかった)から、もっぱらウェブ小説を読む事を好むようにならざるを得なかったのかもしれない。

 ともあれ、彼はそう言う方面の知識もある程度は蓄えていた。少なくとも、同じ教室にいる生徒たちよりも。

 だからこそ、近所の裏山に地下迷宮が……ダンジョンの類があると噂されても驚きはしなかったのだろう。むしろ嬉々として装備を重ね、件のダンジョンとやらに向かった位なのだ。


 裏山にあるダンジョンという物は、およそ倉田少年が思い描いたものとほぼ同じだった。粘菌というには大きすぎるスライム、簡素な装備と猫背気味な歩みが特徴的なゴブリン、そして尖った角を生やしたアナウサギなどが、洞穴の中に作られた空間の中で倉田少年を出迎えた。

 モンスターたち、或いは幻獣たちは、別段倉田少年を歓待したわけでは無い。縄張りに入り込んだ異質な生き物に対し、彼らは警戒し、牙をむいたのだ。

 倉田少年もニッコリと微笑みながら、彼らの歓待に対して自分なりの方法で返答した。小学生の折、少年野球に励んでいた時のバットを携えていたのだ。

 幻獣の亡骸が小さな宝石に変じる所もまた、小説で見たダンジョンとよく似ていた。だがそれを見て倉田少年はホッとしたような気持だった。いかな奇妙な幻獣たちと言えども、そのまま亡骸が残っているとなれば気持ち悪くてしようがない。

 それに、幻獣由来の宝石を見ているうちに、そのきらめきに取り憑かれたような気分になっていた。いずれも砂利のように小さいのだが、小さな虹のプリズムを内包しているかのようで、見ていて飽きなかった。もしかしたら、その宝石は魔石の一種であり、彼は知らず知らずのうちに魅入られていたのかもしれない。

 気付けば彼は宝石をかき集めてポケットに収め、夢遊病者のように奥へと進み始めていた。いつの間にか奇妙な姿の鳥が目の前にいて、思わせぶりな様子で倉田少年の前に姿を現していた。全体的には鶏に見えなくもない。しかしその羽毛は蛍光塗料でも塗りたくったように黄色く、しかもコウモリの翼と蛇のような尾の持ち主だったのだ。


 黄色い鶏が逃げ込んだ先にある物を倉田少年は目ざとく発見した。それは巨大な宝箱だったのだ。漫画やアニメで見かけるようなアレそのものが、口を開いて不用心に鎮座していたのである。もちろん、中には金貨やら宝石やらがこれ見よがしに詰めこまれていて、仄暗いダンジョンの中にあってまばゆく輝いていた。

 そしてその宝石のきらめきは、先程倉田少年が獲得した宝石のそれと同質のものだった。それ以上に上等なものと言っても良いだろう。

 これが欲しい。途方もない渇望を覚えた倉田少年は、気付けば宝箱の前にしゃがみこんでいた。そして宝石に手を伸ばそうとしたまさにその時、周囲に乳白色のもやが立ち込めている事に気付いたのだった。


 仄暗い洞窟の中で、奇妙な物音が響いていた。ある時は湿った物が押しつぶされるようであり、かと思えばしなやかな枝が折れていくようでもあったのだ。

 だがそれも数十秒ほどの事だった。ぐしゃり、と何か大きなものを呑み込むような音でもって、物音は途絶えたのだから。

 洞窟の中に二つの光が灯る。いや、灯ったように見えたのは巨大な目だった。目の主はすなわち洞窟のあるじである。うっそりと湿ったこの洞窟には、いつの頃からかヒキガエルが棲みついていた。普通のヒキガエルではない事は、その目の大きさからも明らかだろう。実の所このヒキガエルは、畳三枚分の大きさはあったのだ。だから動くものならば何でも口にする事が出来るだろう。それこそ、犬猫や人間であったとしても。

 巨大なヒキガエルの傍に、黄色い鶏めいた生き物が近づいてくる。もちろん彼も普通の鶏ではない。コウモリの翼と蛇の尾を持つ異形の姿はさることながら、巨大なヒキガエルを恐れる素振りは一切見受けられない。この魔物はコカトリスと言った。雄鶏が卵を産み落とし、ヒキガエルが暖める事によって誕生すると伝わる存在である。であれば、彼が巨大ヒキガエルを慕うのも無理からぬ話かもしれない。

 現に、巨大ヒキガエルもコカトリスの姿を認めると、何度か瞬きをしていた。


「息子よ。餌の前に何度も姿を現していたようだが、危ない事は無かったか」

「大丈夫だよ父さん。あの時は父さんのご飯だから幻惑させるだけにしておいたんだけど、いざってときはひと睨みで石ころに変える事だって出来るんだからさ」


 古来より大ガマとも呼ばれるヒキガエルの妖怪は、蜃気楼のごとき気を吐いて得物を捕らえるという。裏山にあるダンジョンの噂、そして倉田少年が見た光景もまた、件の巨大ヒキガエルが魅せたまやかしだったのだろう。

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