第78話 コトノハ裏表

 令和のある時。パソコンの中に双葉をあしらったアイコンのアプリが突如として登場した。それはOSを問わずに出現した。窓のロゴが印象的でトップシェアのミクロソフトのパソコンは言うに及ばず、リンゴのマークのスタイリッシュなやつにも、大昔からあるペンギンのキャラが有名なやつにもだ。

 それはいつの間にかスマホにも顕現していた。柔らかな黄緑色の双葉を描いたアイコンの真下に記されたアプリの名は「コトノハ」と言った。

 要するに、その端末で発した言葉などを記録し、調整するためのアプリだという事だった。管理社会の香りはしたが、パソコンやスマホの利用者はこれを受け入れてしまった。既に管理社会に彼らは慣れていたからだ。余談であるが、既に人工知能チャットボットが世に浸透してから十数年以上経っていた。コトノハもその延長だと思ったのだろう。

 ここからの話で、コトノハの真なる目的を垣間見ることが出来るだろう。


「あーあ。ネットの中は、掲示板も投稿サイトも肥溜めみたいなものだぜ。ははは……」


 その男は液晶の画面を眺めながら冷ややかな笑みを浮かべていた。大型掲示板や投稿サイトを巡回し、(あくまでも彼の基準で)気になった作品やその作者、或いは発言主に対して意見を述べるのが趣味だった。

 もっとも、その意見という物がどういったものであるのか。それは先の呟きを見れば解る事だろう。

 もちろん、この男のパソコンの中にもコトノハはいつの間にかインストールされていた。そしてウィルス対策ソフトよろしく勝手に起動する。起動した場合、小さなウィンドウの中に植物のイラストが画面の隅に表示されるのだ。

 言葉によって育つ。小学生か中学生が考えたかのような文言が、コトノハの触れ込みだったのだ。

 男はちらとコトノハを見やった。ユーザーの使う言葉によって成長が異なると言われているそれは、何とも不思議な姿をしていた。何処となくねじれ、そして葉っぱは分厚く先が鋭く尖ったような代物になっているのだ。

 コトノハについては男もある程度調べていた。ブログやらSNSやらを見ているとチラホラと言及している発信者がいるのだ。可愛い花を咲かせただとか、綺麗な実を付けただとか、そんな話も往々にして見受けられた。

 いずれにせよ、男は他愛ない物だと思って一顧だにしなかったのだが。


 それが起きたのは、仕事が上手くいかずむしゃくしゃした気分で帰ってきた夜の事だった。彼はそのまま自分のアカウントで意見を述べ、そして束の間のスカッとした気分を味わって安堵していた。

 ああ、やっぱり俺もストレスが溜まっているんだ。だからこうしてストレス発散も必要なんだよな……思っていた事を吐き出して、胸がすっきりするような思いだった。

 だが男が良い気分になっていたのは僅かな間だけだった。胸がすくような思いは、一瞬にして胸が詰まる様な気分に置き換わったのだ。物理的な意味で。


「え……」


 男の漏らす驚愕の声は、ほとんど掠れて笛の鳴るような音に変貌していた。胸や腹に鋭く尖った刃物が突き刺さっているというあり得ざる光景に驚愕したのか、喉にも刃物が突き刺さっていたためなのか。男にはもう解らなかった。刃物はあとからあとから突き刺さってきて、そこから毛細管現象よろしく血と意識が外部へと流出していったのだから。


 は裏表なり。ずるずるとくずおれる男を尻目に、パソコンのディスプレイにはそのような文言が躍っていたのだった。

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