第76話 路傍の怪、転げる人
「何なんだ、こりゃあ……」
夜。コンビニを出て家に戻ろうと歩いていた俺の前に、奇妙な光景が飛び込んできた。街灯に照らされた仄暗い道を、人がゴロンゴロンと転げまわっているのだ。
それを目の当たりにした時、俺はまず硬直した。目の前で何が起きているのか理解できなかったのだ。
理性が戻ったのは数秒後だった。これは警察か救急車に連絡せねば。人間らしい考えが俺の中で首をもたげたのだ。
「お兄さん。見ない顔だけどここに越してきて間が無いのかな」
横から、いや斜め下から声が掛けられたのは、俺がスマホを取り出した直後の事だった。声の主は、何と未だ転がり続けている人――暗がりだからなのか性別や年齢はさっぱり判らなかった――からである。
「あ、はい……大学に通うにあたってこっちに越してきたばかりですが」
「そうか、そうだよな。だったら俺の事は大丈夫だから放っておいてくれ」
言うに事欠いて放っておいてくれだと? 俺が眉をひそめたのに気付いたのか、その人は言葉を続ける。
「この辺にはな、路傍の怪が……要は道にまつわるバケモノが多いんだよ。その中でも一番厄介なのは送り狼でな、やつらは歩いている人間が転ぶとすぐに襲い掛かってきやがるんだ。
しかし、こうやって転がりながら移動していると、連中も襲ってこないという寸法なんだよ。なんせ初めから転がっているからな。ははは、全くもって間抜けな畜生共だよ」
言いながら、その人物は闇の中へと転がりながら遠ざかっていった。
畜生、と言いたくなったのは俺の方だった。路傍の怪や送り狼だと? 昭和のノスタルジーでも引きずっているのかあのオッサンは。というか今は令和の世だ。夜もなお明るいこのご時世の事だ、妖怪なんぞとっくに絶滅しているんじゃあないのか。
そんな事を思いながら、俺は歩き続けていた。妙なものを目撃したせいか何となくしんどい。特に足取りが重くなった気もする。街灯に写る影の動きも何か粘っこいし。
と、ふいに何かに足を掴まれたような気がした。しかも片足だけだ。一方の足は固定されていて他方の足だけが動く。そんな状況下で俺は見事にすっころんだ。投げ出されたレジ袋が前方に飛び、コンビニスイーツのレアチーズケーキが地面へとまき散らされる。
何もない所でこんな風に転ぶなんて。というか何もいなかったはずなのに。
路傍の怪。道にまつわるバケモノ。転がっていった人が言っていた単語が脳内で駆け巡る。
首をもたげて顔を上げる。周囲の影が伸びて俺を取り囲み、じりじりと蠢いているのを俺は見た。伸びた影の形は、まさしく狼の姿ではないか。
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