第72話 深き者らの計略

 海底都市の宮殿には、大いなる九頭龍くとぅるーが夢見るままに待ち至るという。

 そしてその大いなる九頭龍を信仰する者も大勢いた。深き者らと呼ばれる面々がその筆頭格であろう。海底にいる九頭龍と同じく(?)彼らもまた海や水に縁深い生き物だった。

 とはいえ、彼らの最大の特徴は寿命の長さと旺盛な繁殖力であろう。彼らは異種族との間にも仔を設ける事が出来たのだ。すなわち、人間と交流する見返りに人間の血を引く一族を作り出し、海を縦横無尽に泳ぎ回るイルカたちの間との子孫を生み出したのだ。

 中には、龍宮を構える龍王や龍との間におのれの系譜を繋げた猛者すらいる始末である。

 彼らの目的は、もちろん深き者らの一族を増やす事だった。深き者らは九頭龍の信者だった。信者を増やし、九頭龍の目覚めを待つ。その事に向けて彼らは健気に活動に励んでいたのだ。

 しかしそれは、中々に険しい道のりでもあった。というのも、どうにも深き者らは様々な生き物に警戒される定めにあったからだ。寿命を持たず何千年何万年と生きる事の出来る彼らであるが、物理的に攻撃されれば死んでしまう訳でもあるし。

 警戒されずに多くの生物(特に人間たち)の間で勢力を伸ばすにはどうすれば良いのか。深き者らは肝脳を絞って考え続けていた。

 そしてその案の一つが浮上した。およそ四十年前の話である。


 某ホームセンターのペットコーナー。犬猫を取り扱うスペースよりも小規模なものの、熱帯魚などを取り扱うスペースもまた、華々しくレイアウトが施されていた。

 熱帯魚コーナーと言いつつも、取り扱っているのはグッピーやネオンテトラなどの熱帯魚だけではない。昔ながらの金魚やメダカもいたし、川魚やエビなども取り扱っている。少し離れた所には、海水魚なども蒼い照明に照らされて泳いでいた。クマノミが多いのは昔の映画の名残であろう。

 そうした一角にそれらはいた。親指の先程しかないそれらは、小さなガラスの水槽の中から外の様子を窺っていた。

 魚のようで魚ではない、ヒトのようでヒトではない、一見すると不思議な姿をそれらはしていた。身体が小さく皮膚が薄いから、脳髄や内臓が収まった腹部が透けて見えるのも、一層それらの奇妙さを際立たせているのかもしれない。

 それらは生体電流で周囲を確認し、頭部から張り出したエラを動かしていた。様子を窺い、同胞たちと交流しながら。

 と、そんな彼らの傍らに、一人の人間が接近した。それらは少し身構えた。確かに自分たちは深き者らの末裔に違いない。しかし自身がまだ幼く無力である事もよく知っていた。他の生物同様、深き者らとて幼少期は無力なのだ。

 人間はしげしげとそれらを眺め、笑みを浮かべていた。正体がバレてしまったのだろうか。それらの間に僅かに緊張が走る。

 ややあってから、人間の口から声が漏れた。


「あの、このちゃんを買いたいんですが、よろしいでしょうか?」

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