第70話 音叉波打つ
その日、物理の授業はいつになく盛り上がりを見せようとしていた。
というのも、新任の若教師がこの度実験を行うと意気込んでいたからだ。活気あふれる生徒にとって、座学での授業は時として耐え難い苦行となるのだろう。それが物の理を知るという難しい授業であればなおさらだ。
更に言えば、自分たちと十歳も違わぬ若教師というのが、何とも気弱でフニャフニャした雰囲気であるのも拍車をかけていたのかもしれない。
「それじゃあ皆、今日は共鳴という物をこの
二つの音叉を置いた若教師は、いつになく活気づいていた。生徒らが実験に心を躍らせていると知ったから……ではない。実はこの若教師、大学では物理学を専攻し修士課程まで終えている実績があるのだ。無論教師になるための講座を受けて然るべき単位も取得しているのだが……むしろ彼は科学者が教師まがいの事をやっているような存在だったのだ。
或いは、そんな仕事のミスマッチこそが、普段の彼の風采の上がらぬ雰囲気をもたらしていたのかもしれない。
共鳴に関する解説を解りやすく興味を引くように――信じがたい話かもしれないが、物理教師ほど「妖精」「神の声」などと言ったメルヘンな単語を使って解説する事がままある。彼も例外ではなかった――一通り進めると、彼は手にしていた器具で音叉を叩いた。木琴や鉄琴のバチのようなそれは、勢いよく音叉にぶつかった。最前列の班にいる生徒たちにはそれが見えたであろう。
音叉は確かに共鳴した。何十匹もの羽虫が飛び交うような音が、室内に充満したのだった。
――と、本来ならばここで終わるはずである。共鳴したとしても音叉の音は次第に弱まり、静かになるはずだった。しかし、音叉の共鳴は終わりそうになかった。数十秒待っても、一分を過ぎても、数分経っても。
ひゃっ、と窓際の女子生徒が甲高い声を上げる。彼女の傍らの窓ガラスがビリビリと震えていた。
「あ、あの音叉って……七不思議の……」
誰かがそう言ったその言葉は、窓ガラスにひびが入る音でかき消されてしまった。
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