第69話 くねくね目撃譚

 キメラ兄さん初めまして。いつも「謎ときレビュー」の動画、楽しく視聴してます。今回怖い話を募集していて、七月にその特集を行うって言う話を聞いて、若い頃の怪談話をコメントしようと思い立ちました。

 ふふふ、それにしても鵺妖怪の子供というコンセプトで売り出しているキメラフレイムさんが、暑さ対策で怪談話をレビューするとは、中々に洒落が利いていますね。あ、いえ雷獣でしたっけ……どっちにしても凝った設定なのが面白いと思っています。


 それでは本題に入りましょう。くねくねの目撃譚です。妖怪や怪異に詳しいキメラ兄さんならば、くねくねはご存じですよね? そう思いますのでくねくねについての詳しい解説は省きますが……もっとも、私が実際に目撃したというよりも、くねくねを目撃した人の姿を目の当たりにした、という所ですが。

 ええ、ええ。前置きしておきますが、これは本当にあった事でして、実際にこの私が見聞きした事になります。もちろん、虚実入り混じるネットの世界ですので、キメラフレイムさんが何処までこの話を信じてくださるか、それはもうあなたの裁量次第なのですけれど……


 本当にベタな導入にはなりますが、その発端は真夏の畦道での事でした。良く晴れた真夏日で、空は抜けるように青くて太陽は銀色だったんじゃあないですかね。もっとも、田んぼの中にはオタマジャクシやカブトエビなどと言った小動物共がうようよいたので、水面は無遠慮にかき回されて、ゆらゆらと、ゆらゆらと延々と波立っていましたかね。

 後はまぁ……雑草処理のために放たれた間抜けなアイガモなどが、暇そうに雑草やそんな小動物をついばんでいたくらいですかね。ええ、田んぼは電気柵で囲われていますので、アヒルモドキなどは逃げ出す事は叶いません。この私でさえ、あの電気柵の電撃にはぎょっとする事が度々あるのですから、か弱い禽獣であれば電気柵は恐ろしい物なのでしょうね。

 あ、でもよく考えたらキメラ兄さんの方がそう言う事はお詳しいですか。何せ雷獣でしょうし。


 憐れにもくねくねを目撃したのは、二人組の若者でした。恐らくは大学生くらいでしょうかね。私はヒトの顔を区別するのは少し苦手なのですが……ともあれ見知った顔ではない気がしました。それだけですね、二人について解った事は。

 その二人がどうなったかは……それはもうキメラフレイムさんの御想像通りかと思います。一人は早く正体に気付いて、もう一人は少し遅れてから凝視して、それで正体を見定めたのだと思われます。どちらもぶっ倒れて……そのまま地元の病院に搬送されたそうです。

 真夏のカンカン照りの中で倒れたんですから、運が悪ければ熱中症でお陀仏になっていたかもしれませんね。ですがその日は地元の住民も消防団だとかで集まっていたらしく、異変にすぐ気づいたみたいなんですよ。

 私の話はこれだけです。どうか、この話がキメラフレイムさんの配信にて紹介されるのをお待ちしております――


 雷園寺邸の一室。雷園寺穂村という少年は、おのれに向けて送られたメールの文面をしげしげと眺め、それから眉根を寄せた。暑がりゆえに空調は強めに設定しているのだが、それでも粘っこい汗が、額や鱗に覆われた手指から噴き出してくる。

 夏になったし暑さ対策に怪談話を集めよう。配信動画のチャンネル主・キメラフレイムとして彼はそんな事を視聴者たちに呼びかけた。その時にいの一番に寄せられたコメントがこれだったのだ。

 くねくねなんぞ新参の都市伝説で、ありがちなやつじゃあないか。由緒ある血統を誇る妖怪として――動画の設定だけではなく、真に彼は妖怪だったのだ――、半ば鼻で笑いながらそのコメントを眺めていた。だがある事に気付いて愕然とし、興奮と恐怖が全身の血を熱し始めていた。

 一見すればくねくねを目撃した人間をすぐ傍で目の当たりにした通行人の話のように思える。だが実際には違うのではないか。そんな考えに取り憑かれてしまった。アカウントについても作ったばかりの出鱈目な物だったのが、一層疑念と確信に拍車をかけてしまった。


「……残念ながら、こいつは紹介できないな」

「どうしたの穂村兄さん。寄せられたコメントがショボかったの?」


 すぐ傍にいた妹のミハルが、丸っこい瞳で画面をのぞき込む。腰から生えたもっさりとした尻尾が左右に揺れていた。


「違うんだよミハル。これは――まさしく稿だったんだ」


 でもまさか、から投稿が寄せられるなんてな。何とも言えない気持ちのまま、穂村はコメントを削除した。

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