第67話 紙銭を燃やせ

 港町という事もあってか、その一角には大陸風の霊廟れいびょうも鎮座していた。

 その一角から離れた所には大きな神社や古式ゆかしい寺院などもあるのだが、それも国際情緒豊かなこの土地らしい特色であるとある意味言っても良いのかもしれない。

 ただ言える事は、件の霊廟に足を運ぶ者は案外多かったという事である。しかも、子供が……中学生から高校生くらいの少年少女の姿も結構あったのだ。好奇心旺盛な年頃の彼らにしてみれば、神社とは異なる極彩色の霊廟は目を惹いたのだろう。

 だがその一方で、世俗的な願いがよく叶う、ご利益が半端ないという噂が彼らの間で広まっている事も無視する事は出来ないだろう。


「うわああああっ! はぁ、はぁ……」


 奇妙な声を上げながら、飯島は布団を跳ね飛ばした。荒い息を吐きながら中年男のように――飯島自身は現役の男子高校生なのだが――心臓の辺りに右手を添え、拍動と呼吸が収まるのを待っていた。

 人心地着いたところで飯島は舌打ちしていた。先程の大声で家族が起きてしまわないか、目覚めたものの起きるには早すぎる時間であると気付いたためだ。ついでに言えば二度寝するには遅い時間でもあるので、尚更おさまりが悪い。

 こんな目覚めになってしまったのは、ひとえに夢、悪夢のせいだった。

 端的に言えば、ゾンビのような亡者たちに取り囲まれ、追いかけられる夢だったのだ。このところゾンビ物が巷で流行っているらしいが、別に飯島は寝る前にゾンビ物のアニメやドラマを見たわけでは無い。だからなぜそんな夢を見たのか、飯島自身にも解らなかった。

 恐ろしいのは、単に追いかけられているだけでは無かった事だ。亡者たちは飯島に対して何か言い募っていたのだ。オ腹ガスイタ。対価ヲ支払エ。裕福ナ奴メ……そう言った怨嗟の声が、妙にはっきりと飯島の耳に届いていたのだ。

 何故彼らにそんな言葉を投げかけられるのか、飯島には皆目解らなかった。解らなかったからこそ、不気味さは募った。


「花園霊廟で、大きなお願い事をしたのでしょう?」


 流れの占い師だというその女性は、飯島の話を聞くなりそう言った。最初にゾンビの悪夢を見てから六日目の事だった。七番連続でゾンビに追いかけられた飯島は、学校を休んで病院に向かった。その帰り道で、彼女を見つけたのだ。

 彼女と飯島を隔てるテーブルの上にはカードやらスティックやらの占いの道具が散らばっており、その上にはさも当然のようにネズミが鎮座していた。

 飯島はしかし、ただただ驚いて目を見開いていた。彼女の言った事がまさしくその通りだったからだ。もっとも、スマホゲームのレアガチャの願掛けだという事は、彼女に対しては恥ずかしくて言えなかったけれど。


「神様にお願いごとをした時は、お礼もきちんとやっておかないといけないって言うでしょう。特に花園霊廟の神様たちは、元々は浮かばれない死者の霊魂なんですから……」


 大陸の霊廟ではよくあるの事なのだと、事もなげにその占い師は続けた。浮かばれぬ霊魂たちは、時に神様の代理として霊廟のあるじになる事があるそうだ。そこでご利益をもたらして善行を重ねれば、よりよい来世が待ち受けている。それが彼らの原動力だった。

 だからこそ、彼らにはきちんとお礼が必要なのだという。特に紙銭を燃やして彼らにお金を届けねばならぬのだ――いつの間にか、飯島の手許には玩具めいた紙幣が束となって置かれていた。


「あなたは支払うべきものを支払っていない。だからこそ、彼らも腹を立てて追いかけてきているのよ。今度霊廟に入った時は、その紙銭しせんを燃やしなさいな。そうすれば彼らも満足するわ」


 半ば押し付けられるような形で紙銭を買わされ、飯島はそのまま急ごしらえの小屋から放り出された。

 燃やすと言ってもライターなど持っていないし。いったん帰宅してから、父親の部屋からライターを拝借しようか。そう思っていたはずなのに、飯島の足は勝手に動き、花園霊廟へと進んでいたのだ。

 いっとう大きな霊廟――飯島が願をかけた所でもある――に進んだところで、飯島の胸元に一陣の風が吹き込んだ。不自然なほどに強く、それでいて何処か生温い風だった。

 その風は飯島の手にしていた紙銭をもぎ取り、空へとばらまいた。テレビなどでよく見かける、お札が宙を舞う光景が眼前で生じていたのだ。

 宙を舞う紙銭はひとりでに発火した。宙を舞う間に蒼白い焔に包まれ、煌びやかな装飾が施されたそれは黒ずんで縮れていった。

――ヤッタ、ヤッタゾ。ヤット届イタ

――巫女ドノモ大盤振ル舞イシテクレタカラ、コレデワシラモ腹イッパイニナレル


 そこここから歓喜の声が沸き上がる。夢で見たゾンビたち……霊廟を護る霊魂たちが歓喜しているのだと、飯島は思った。

 燃やされた紙銭が亡者たちのお金になる。果たしてそれは本当の事らしい。飯島はそう思う他なかった。というのも、灰になったはずの紙銭は塵ひとつ残さずに消失してしまったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る