第66話 雪女のブロック
雪女という怪異の存在を知らぬ者は少ないだろう。
雪女。その名前こそが怪異の特性をはっきりと物語っていた。雪と女。その二つの特質を……属性を持ち合わせているという事なのだから。
まぁ要するに、雪山で暮らしているだとか、絶世の美女であり目撃した男は魅入られてしまうだとか、雪女自身が恋人を求めているだとか、そうした類の伝承が各地には存在していたのだ。
今回の物語の彼女も、そうした雪女の一人だった。何せ彼女は雪深い山奥に暮らし、気に入った男と結婚したり、逆に気に入らぬ輩は魂ごと凍らせて清掃活動に励んだりと、中々に雪女らしい、いや妖怪らしい暮らしを営んでいたのだから。
もっとも、そうした暮らしを自由気ままに永遠と行える訳でもない。
彼女の行為は人間や術者たちによって明るみになり、彼らと対決せねばならなかったのだから。そして暑苦しい術者共との闘いに――彼女は敗北したのだ。
とはいえ、ここで彼女の物語が終わるわけでは無いのだが。
※
時は流れて令和初期に移る。件の雪女はビルの一室にいた。研究のために捕獲されているだとか、悪趣味な成金によって監禁されているだとか、そのような物騒な理由ではない。
彼女は自分の意志でこのビルの中にいた。もっと言えば、仕事のために。
かつては雪深い深山幽谷に居を構えていた彼女も、今はコンクリートジャングルの住民になっていたのだ。もっとも、暑さ寒さなどはおのれの力でいかようにも調整できる。
それに――コンピューターが居並ぶこの部屋は、雪女である彼女にしてみればむしろ居心地がいいくらいだった。
「さて、これで終わりか……」
なんなんと続いた液晶画面とのにらめっこが一段落した。嬉しさと気だるい達成感が雪女の全身を包み込んでいく。画面の端には水色の小鳥のアイコンが映っている。ツブッターと呼ばれるSNSの、アカウントの管理を彼女は依頼されていたのだ。後輩である雷獣の娘と共に。
「お疲れ様です、先輩」
肩周りをぐるぐると回していると、後輩である雷獣娘が労わってくれた。彼女は雷獣で、本来の姿は大きなカワウソのような姿であるらしい。しかし雪女は雷獣娘の本来の姿は見た事は無い。リクルートスーツを着込み、青灰色の髪をポニーテールにまとめた姿こそが、雪女の知る雷獣娘だった。
「今回のお仕事は大変でしたね。何か飲むものを用意しますね」
「それじゃあ天水ちゃん、蜂蜜レモンで。冬だけど、シャーベット状にしたのが飲みたいな」
解りました。天水と呼ばれた雷獣娘は愛想のよい笑みを雪女に向けた。
「でもやはり、今回の仕事は先輩が適任だったんですよね。何せアカウントの凍結なのですから」
それだけ言うと、雷獣娘は給湯室へと歩を進めていった。
このようにして、妖怪たちは現代社会に順応して生きているのである。
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