第63話 欲望の3Dプリンター
ボヤージュスリー。旅行や冒険を想起させるそのマシンの名は3Dプリンターだった。
悪用した人が銃火器を作り、その事で畏れられたというのは昔の話である。今では万札を十枚前後用意すれば、思いのままに立体を作り出すこのプリンターを入手する事が出来るのだから。
ちなみに俺がこのプリンターを購入したのはオークションサイトでの事だった。通販サイトなんかで新品を購入したわけではないから、定価の半分……いや三分の一くらいの値段じゃあないかな。元々は中小企業の町工場が使っていたらしいんだけど、新しく性能の良いプリンターを導入したって事でお払い箱になったらしい。全く世知辛い話だぜ。
そしてこの3Dプリンターは訳アリ品である、と言う事でもあった。その訳アリ、と言う部分に俺はちょっと身構えてもいた。もしかしたら新品を買った方が安くついた……みたいな状況に陥るかもしれないし、或いはいっそ新品を買い直す可能性もあるかもしれない。とはいえオークションサイトってそんなもんだろう? その時俺は酔って気が大きくなっていた事もあり、結局購入に踏み切ったのだ。廉価で訳アリの3Dプリンターをな。
果たしてやってきた3Dプリンターであるが、作動させてみても問題らしい問題は見当たらなかった。印刷時のヘッドの校正やラフトと呼ばれる土台と本体の定着度合いなど、初めはどうしても勝手が解らないのでみんな苦戦するらしい(その事を俺が知っているのは、届く前にあれやこれやとネットで事前に調査していたからだ)
だがそうした煩雑な調整はほとんどいらなかった。作りたいデータをプリンターに送れば、そのままプリンターは出力してくれた。材料ごとの初期設定にするだけで問題は無い。通常はその設定を弄らねばならないとブログなどに書いてあったのだが、その手間すらいらないくらいだった。
「ああ、こりゃあ良い買い物をしたよ。好きなものが楽に作れるなんて、本当にすごいよ」
「キュイ」
ボヤージュスリーの歯車がかすかに動き、モルモットや仔犬が啼いたような音を立てていた。
※
異変が起きたのはその直後だった。3Dプリンターがひとりでに動くようになったのだ。誤作動とか作動させたのを忘れていたってレベルじゃあないんだよな。何せコンセントを抜いているのに俺がいない間に動き出していて、それでステージの上に出来上がったブツが乗っかっているんだからさ。
出来上がった物もさぞや不気味な物なのだろう……そう思うかもしれないが、残念ながらそうとも言い切れないんだよな。いやまぁある意味不気味ではあるんだけど、訳の分からないものが出来ていた訳じゃないんだ。
何と言うか、その時俺が欲しいと思ったものを作ってたんだよ。
プリンが食べたいと思ったらカップ入りのプリン(スプーン添え)が出来ていた。
ハンバーグ弁当を買いそびれたと思ったらハンバーグだったんだよ。
猫動画に癒された日には、ミニチュアの猫のマスコットが吐き出されたわけだからな。不思議な事に材料のフィラメントは殆ど減ってないし、材質もリアルな感じになっていたんだよな。え、プリンとかハンバーグはどうしたって? いやいや食べたりなんかしてないさ。得体のしれない物だし、捨ててたかな。猫のマスコットだけは可愛くて捨てるのも可哀想だから……まぁ置いていたけれど。
※
それでも決定的瞬間はやって来てしまったんだ。
ある日のこと、何を思ったか3Dプリンターはとんでもない物を作り出し始めたんだ。ああ、人間の身体のパーツだよ。もしかしたら、恋人がほしいとか可愛い女の子が傍にいてくれたら……っていう俺の考えを奴は読み取ったのかもしれないな。あれは五十デシベルの騒音とも言えないレベルの音でしこしこと動き、手始めに頭を作っていたんだ。
俺はそれを捨てる事は出来なかった。樹脂の筈なのに、出来上がったらすぐに実体と言うか、実物そっくりに変化しちまうからな。そうだよ、あんなものを捨てたとなれば大事になるだろう?
どうにもできないから部屋の隅に押し込んでおいたんだ。それでもあの3Dプリンターは止まらなかった。止まらずに、淡々と作り続けていたんだ。
だから途中から、俺も口実を作って部屋に戻らないようにしていた。一人暮らしだから身軽だしな。
それでもどうしても家に戻らないといけない時が来てしまった。それで渋々戻って来たんだが……その時にはもう3Dプリンターは人体のパーツづくりなんてやってなかったよ。
――何しろ、もう五体の揃った女の子が出来上がっていたんだからな。彼女がプリンターのオペレータとして3Dプリンターを使っていたけどな、ははは……
ああ、今はもうプリンターは家には無いよ。専門の業者に引き取ってもらったよ。女の子も、猫のマスコットもな。ツクモガミになっているって業者の人は言っていたっけ。
え? 今はどうかって。いや、今はもううちには3Dプリンターは無いよ。新しいの? いや、もうあの一件で懲りちまってさ……
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