第62話 捕まえ損ねたスカイフィッシュ

 関西某所で目撃譚が多数寄せられるスカイフィッシュ。今回平坂氏(仮名)が語ってくれる内容は、スカイフィッシュの体験談の中でも特異な物であろう。


 UMAに興味があり、尚且つ若干ヤンチャで粗暴だった平坂氏は、鹿行山に巣食うスカイフィッシュを捕獲しようという事を思い立った。UMAを捕獲してみるという行為に浪漫を感じていたからだ。よりによってスカイフィッシュを選んだのは、手近な場所で捕獲できるのと……飛び回る白い皮膜のスカイフィッシュならば無害であろうと判断したためであろう。人面犬やツチノコやチュパカブラに較べれば、スカイフィッシュは可愛らしい存在である。そう言う考えは平坂氏の姑息さ……いや堅実な考えの現れとも言えよう。

 ともあれ平坂氏はBB弾を込めたおもちゃの銃を持ち、スカイフィッシュが飛び交うという場所に訪れた。その場所にて、スカイフィッシュと思しき白い物体が飛ぶという話は既に出回っていた。何より平坂氏は飛び回る白い物をすぐに見つけ出したのだ。

 白い物に向けて、平坂氏は何のためらいもなくBB弾を放った。これが犬猫のような動物や人間であればそのような蛮行には至らなかっただろう。しかしスカイフィッシュという得体の知れない生き物ならば大丈夫。そのような考えが平坂氏の中にはあったらしい。

 手ごたえは解らなかったが、ともあれスカイフィッシュを撃ち落とす事に成功した。一瞬猫の悲鳴のような物が上がり、それから白いかたまりがボトリと地面に落ちたのだという。

 スカイフィッシュが墜落したであろう所に駆け寄った平坂氏の目に飛び込んできたのは、わが目を疑うような光景だった。白いかたまりが落ちたと思しき所には、一人の少年がへたり込んでいるだけだったのだ。年の頃は十一、二歳ほどで、淡く輝く銀髪と、鮮やかな翠の瞳が特徴的だった。ふくらはぎからくるぶしの辺りにはうっすらと血が流れ、一人で静かに涙ぐんでいたのである。

 思いがけぬ光景に平坂氏が呆然としていると、やにわに少年がこちらを向いた。輝く翠眼の奥で揺らめくのは明らかに憤怒の焔だったのだ。


「あ、あんただな! ひとが楽しく空の散歩をしている時に変な弾をぶつけてきた奴は!」


 一体この子は何を言っているのだろうか? 少年の剣幕に面食らっている平坂氏だったが、彼が何か言い返す事はついぞなかった。少年が吠えた次の瞬間に、唐突に雷が落ちてきたためだ。天気は良く、雷雲どころか雲一つない天候だったにも関わらず、である。青天の霹靂とはまさにこの事であろう。稲妻がひらめいた次の瞬間には、少年の姿は何処にもなかった。焼け焦げた骸や残骸すらも無かったのである。

 いや――平坂氏には一瞬であるが見えていた。稲妻の中に宿る一匹の獣に、件の少年が縋りついて共に天空へと去っていく姿が。そして少年もまた、獣と同じく尻尾を生やしていた事に。


 スカイフィッシュとして撃ち落したあの存在は恐らくは雷獣だったのだろう。後にUMAのみならず妖怪の知識も蓄えた平坂氏はそのように考えるのだった。

 そもそも落雷と共に姿を現す雷獣も、江戸の世ではUMAのような存在だったわけであるし。

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