第59話 工員ゾンビ

 里中さん(仮)の工場に季節外れの新入社員が入ってきた。

 しかしながら、その新入社員の様子は何か妙だった。見た所二十歳前後の若者――工場なので高校を出たばかりの若者が就職するのは珍しくなかった――なのだが、あからさまに目が死んでいるし何と言うか覇気もない。

 肌は白く頬や目許は赤味を帯びていたのだが、それもよく見ればファンデーションとかチークによるものだったのだ。要するに男なのに化粧していた。まぁ男が化粧する事が悪い事でもないが。

 ついでに言えば、その青年は少し抹香臭くもあった。線香のような香りがそこはかとなく漂っているのである。


 件の社員は特に表立って紹介もされず、そのまま工員として働く事になった。機械から製品を取り出すという単純な作業である。単純すぎて若い工員が逃げ出す事がままあり、従って何も知らない彼がその部署に配置されたのだろう。

 しかし妙だった。いくら単純作業と言えども、彼を教えようとする人間は全くもって見当たらない。それでも彼は何も言わず表情も変えずに仕事を続けていた。



「アイツはゾンビなんですよ、先輩」


 工員の正体について訳知り顔で教えてくれたのは、里中さんの後輩社員だった。ゾンビと言い張る彼女の顔は真剣そのもので、冗談で遊んでいる気配はなかった。

 だから里中さんも真に受けてしまったのだ。


「ゾンビって大丈夫なのかな。ほらさ、他の社員に噛みついたりしないかな」

「噛みついてゾンビを増殖させるゾンビは、映画の中だけのフィクションの存在ですよ。あいつはそう言うゾンビではなくて――ガチのゾンビなんです。※※事件の主犯でしたからね」


 そう言う後輩の瞳には明らかな侮蔑の色が浮かんでいて、里中さんはたじろいでしまった。その悪意がゾンビ工員に向けられたものだと解ってはいたけれど。


 帰宅してから里中さんはネットサーフィンをし、ガチのゾンビと※※事件とやらの事を軽く調べてみた。

 後輩の言う通り、人間に噛みつくゾンビというのは後世の創作だった。

 元々は神官が裁かれぬ悪人を罰し、物言わぬ奴隷として社会貢献させるための術がゾンビの術なのだそうだ。

 そして※※事件であるが……この件については主犯は未成年だったから罰も軽い物だった。そう言うだけで事足りるであろう。

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