第51話 精巧なヒューマノイド

 鴇田富夫ひきたとみおが勤務するそのメーカーは、ヒューマノイドの製造を秘密裏に進めていた。秘密裏なのは試作段階である事と、そのヒューマノイドの性質上、世に送り出せば色々とややこしい事になるという懸念の為だった。

 先輩や上司によるとそのヒューマノイドは、他の人型ロボットがちゃちなオモチャに見える程に精巧なものなのだという。不気味の谷を乗り越えているのは言うまでもない。それどころかヒトの食事にてエネルギーを補充し、ヒトと同等の知的活動を行えるほどなのだそうだ。話し相手、茶飲み友達、愛玩用と色々な用途が考えられるが、人間とほとんど見分けがつかないのでそういう意味で世に放つのは懸念があるという事らしい。

 らしい、というのは鴇田自身は未だにそのヒューマノイドを見た事が無いためである。先の情報も先輩たちからの伝聞に過ぎなかった。ゆくゆくはそのヒューマノイドを見てみたいと思っているのだが、若手社員である鴇田にはまだ早い話だろう。

 鴇田は昨年このメーカーに就職し、研究開発部で働いている。職場のすぐ傍にできている社員寮で暮らしているが、色々と負担してくれるので一人暮らしを不便に思った事は無い。

 むしろアットホームな職場らしく、休みの日であっても先輩たちが色々と遊びに誘ってくれる。鴇田は少し寂しがりやな所もあるから、職場にもよく馴染んでいた。



「鴇田君。新しく作ったヒューマノイドだが、君が面倒を見てみない?」


 先輩の香川研究員に持ち掛けられた時、鴇田は驚いて目を丸くしてしまった。この頃はあんまり口にしていなかったが、鴇田はずぅっと秘密裏に開発するヒューマノイドの事は気になっていた。だがそれ以上に、先輩が示すヒューマノイドに釘付けだった。

 椅子にもたれて眠っているように見えるそれは、明らかに若い娘のように見えた。しかも美人である。


「もしよければ、今日にでも君が引き取ってくれていいんだよ? 社員寮とこの職場以外の場所には連れ出さないようにしてほしいんだけど、それ以外は特に制約はないからね。むしろ自分のモノになったと思って遠慮しないで欲しいんだ。そうじゃないと正確なデータ取りが出来ないからね」


 香川先輩はそこまで言うと、鴇田をじっと見据えて意味深な笑みを浮かべた。


「会社の物だから傷つけたり破損させたりしたら駄目だけど、それ以外なら……例えば愛玩用に使ってもらっても構わないよ」

「本当ですか……!」


 愛玩用。自分よりいくらか年上とはいえ、女性である香川先輩からそんな言葉が出てくるとは。驚きつつも鴇田はいつの間にか頷いていた。少女と大人の女性の間にあるような件のヒューマノイドは、明らかに鴇田好みの容貌だったからだ。



 鴇田が引き取ったヒューマノイド――正式名称は〇〇弐号というらしいが、とりあえず彼はフタバと呼ぶ事にした――は、見た目こそ若い娘のそれだったが中身は幼児とほとんど変わらなかった。一応は鴇田に懐いてくれたが、その懐き度合いの無邪気さに戸惑い、愛玩するとかそういう考えは吹き飛んだ。

 とりあえず自分の物として引き取っているからそう焦る事も無いと思ったのだ。


 フタバの成長はとんでもなく早かった。ヒューマノイドなので彼女の成長というのは知識面・精神面という意味である。最初の二日こそ幼児や児童のような言動だったが、鴇田が戯れにあてがった新聞や本の内容を理解できるようになるまでに一週間もかからなかった。

 無論その頃にはフタバは自分が何者であるかを把握し、また鴇田と自分との関係性も理解していたのである。

 やっぱりヒューマノイドってやつは凄いんだなと、フタバを見ながら鴇田は思うほかなかった。その頃のフタバは、鴇田の親しい同居人のような地位を確立していた。余談だが親しいというのは兄妹や会社の先輩後輩のそれに近い意味合いである。

 多少の偏りはあるものの、フタバは知識を吸収し、それについて考察し、おのれの意見を述べられる程に成長した。きちんと自己主張できるフタバを、いつの間にか鴇田は人間のように扱いだしていた。


「鴇田さん。そろそろ私を職場に連れてってよ」


 そんなある日。フタバは自分を職場に連れて行くようにせがんだ。唐突な申し出に鴇田は正直な所驚いていた。職場と社員寮以外の場所に連れ出してはいけないという香川先輩の教えを護り、鴇田はフタバをずっと社員寮の一室で面倒を見ていたのだ。もちろん、彼女が退屈しないように雑多な本をあてがったり、工作や料理のすべも教えていた。

 目を白黒させる鴇田に対してフタバは申し訳なさそうな表情を作り、続けた。


「そりゃあもちろん、会社の命令で私の面倒を見てくれている事に恩義はあるわ。だから鴇田さんに迷惑をかけるのも良くない事は解ってる。

 だけど、鴇田さんが仕事をしている職場が気になって仕方ないの。確か私は外に出しちゃいけないって話だったけど、鴇田さんが私を職場に連れて行くのは問題ないんでしょ? そこで私が生まれたんだから」

「そうだね……」


 しおらしい様子を見せるフタバを前に、彼女の言ももっともだと鴇田は思った。

 面と向かって言われて気付いたが、実は鴇田もフタバと似た境遇である。仕事のために職場に出向くものの、よく考えれば職場と家との往復生活なのだ。無論食品や日用品の調達はあるが、それもいい塩梅に職場近辺に店が集まっていて調達できるし。

 今や成人女性と変わらない精神を持つフタバである。そりゃあ色々な物があると言えども社員寮で留守番をするのはしんどいだろう。


「よっし。それじゃあ今日から一緒に出勤しようか。君の事は毎日報告しているんだけど、実際に見て貰った方が上司も先輩たちも色々と解るだろうし」


 鴇田の言葉にフタバは嬉しそうに頷いた。もしかしたら彼女も、何日か通ううちに職場のスタッフに馴染んでくれるかもしれない。そう思うと鴇田の心中は幸せな気持ちで満たされていった。



 ヒューマノイドを極秘開発している職場の一角では、社員が集まって会議が始まっていた。集まっているのは無論人間のみである。フタバがいないのは言うまでもないが、鴇田が出席している訳でもない。


「……それで香川君。ヒューマノイドの観察結果はいかがかな?」


 出席者の一人である香川研究員は、上司である初老の研究室長に質問を投げかけられた。彼女は、試作品であるヒューマノイドを一体監督し、観察を続けていた。


「やっぱり世に送り出すには改良を進めた方が良いですね。何といいますか、互いに人間とヒューマノイドとの区別がつく方面で。確かに彼らは人間らしいですが、それは却って危険な気がするのです」

「〇〇壱号が危険だと言いたいのかね? 彼は何も知らないが、〇〇弐号と上手くやっているのを目の当たりにしたではないか」


 それは仰る通りです。香川は自分が観察しているヒューマノイド、に思案を巡らせた。彼は試作品として制作された青年型のヒューマノイドである。この研究室の新入社員であるというデータをインプットされており、彼自身はここの社員であると信じて疑わない。

 そんな彼に〇〇弐号をあてがったのは上からの、遊び半分の命令だった。

 〇〇壱号と〇〇弐号――鴇田とフタバはおおむね良好な関係を築けたようだ。観察対象と良好な関係を築けたと鴇田は思っているだけのようだが、まさか自分も観察対象であるなどと夢にも思っていないだろう。

 そんな二人に多少の憐れみを感じつつ香川は口を開く。


「どうにも彼らは人間らしすぎるのです。真実を知った時に、私たちに牙を剥くかもしれませんよ?」

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