第49話 キュウトウチョウ
小学生の頃だった。近所に住んでいる友達がキュウトウチョウと呼んでいるペットをしばしば彼に見せびらかしていたのは。
キュウトウチョウは、雀ほどの大きさの小鳥のような生き物だった。小鳥のような、と頭につくのは完全に小鳥と言い切れなかったためだ。
確かにそいつは灰色の羽毛に覆われ、翼を持ち嘴も持っていた。しかも小さい。そういう意味では小鳥と呼べるのかもしれないが……全体的に何かが変だった。翼も頭も余分に多かったのだ。ヨタヨタと間の抜けた感じでそいつはいつも羽ばたいていたが、それもこれも翼が余分に二枚も多かったためである。
特に目を引くのはたくさんある頭だった。それは後に九個あると彼は知ったのだが、当時は丸っこい身体にこれまた丸っこい頭が幾つもくっついて、おもちゃみたいにでたらめに動いているように思えたのである。
彼はそいつが餌を食べるところを見るのが一番面白かった。頭たちはたくさんある割に知恵が回らないらしく、いつも相争っていた。芋虫を与えられると我先にそれを咥えようとし、咥えた頭には他の頭は容赦しなかった。餌の芋虫を引っ張るだけならばまだ可愛い方で、後ろや斜めからその頭をつついたり羽をむしったりする頭さえあったのだ。
その光景は愚かしくもこっけいで、またそこはかとない物悲しさもあった。
子供だった彼は、キュウトウチョウの存在によって、人は時として様々な感情を同時に抱く事を知った。
「こいつらってほんとに馬鹿だよな」
「ほんとだ、馬鹿だよな」
※
その事件は、彼がキュウトウチョウの異様さにも慣れて……飽き始めた頃に起きた。今にも泣きそうな友達の手の中には、傷ついたキュウトウチョウがいた。灰色の身体は血で汚れていた。血の色は普通の動物のように紅色だと思ったが、光の加減で陰鬱な濃緑色に変化してもいた。
頭が一つ取れたんだ。早口気味に友達はそう言った。
「餌をやったらいつも通り頭同士で喧嘩し始めたんだ。でもってあんまり派手だから止めようと思って攻撃している頭を引っ張ったら、取れちまったんだよ」
友達の言葉に促され、彼はキュウトウチョウを見た。血の出所は、確かに首の付け根当たりだった。幾つも生えた首のうち、切り株のようにすっぱりと取れている部分は確かに見つかった。そこからは未だに紅くて緑色の血を滴らせている。
血は止まりそうにはなかった。既に友達の手の中に生臭い水たまりを作るほどに流れているというのに。
「このままだと、こいつ死んじゃうよ?」
※
その後、キュウトウチョウがどうなったのか彼は知らない。程なくして友達の一家が忽然と姿を消したからだ。友達の家は今はもう何もない。一家が去った後に取り潰され、更地になり、新しい家が建ってしまった。その家も何度も何度も取り潰しと建て直しが繰り返されている。
キュウトウチョウが九頭鳥と呼ばれる怪鳥である事は、彼が大学生になってから知った。暇つぶしにと読んだ小説の中に記述があったのだ。
九頭鳥は文字通り九個の頭を持つ鳥である。その血には災いを呼び起こす能力があるのだそうだ。その記載を見た時、彼は友達が飼育していたあの小さな鳥を思い出した。
友達は何故一家もろとも失踪してしまったのか。その答えが解ってしまった。その考えが脳裏にこびりつき目眩がした。
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