第46話 労働者と家出少女

 遠くで地響きのような空砲が響く。稲穂に集まる鳥どもを追い払う鳥脅しだ。まだ暑いが秋が訪れたらしい。



 その娘をかくまう事になったのは、仕事帰りの夜だった。サラリーマンと言えどもいかんせん山奥の工場に勤めているため、いきおい車通勤となる。おれはその日も通勤路を車で進んでいた。

 何という事は無い、山と田んぼと畑くらいしかない、田舎道だ。

 少女を見つけたのは、事もあろうに車道の真ん中近くに屈みこんでいたからだ。車のヘッドライトはその人影の輪郭をきちんと浮き上がらせてくれた。おれはだから異常を察し、事が起こる前に停車できたのだ。


「君、一体こんなところで何をしているんだ?」


 車から降りたおれは、迷わず人影の許に駆け寄った。うずくまっているのが少女で、ついでJKと呼んでも遜色がない事に気付いたのは接近した直後だった。

 普通ならば、見知らぬ人影を見たからと言ってこんな事はしない。だがおれがそうしたのは、別に少女だったからじゃない。見かけたのが山道のはざまだったからだ。毎日毎晩行き来しているから知ってるが、こんなところに人がいるなんておかしい。そりゃあもちろん工事があったりだだっ広い養殖場があったりするが、そういう連中は車で行き来しているし。

 だから彼女を車に乗せようと思ったのも、下心があっての事ではない。迷ったか何かは解らないが、彼女の言う目的地に戻してやろうと思っての事だ。


「ちょっと家出の最中なの」


 少女の返答は妙にあっけらかんとしていた。アラサーとはいえオッサンの部類に入るであろうおれを見てもたじろがない。むしろたじろいでいるのは俺だった。


「そうだお兄さん。ちょっとの間かくまってよ。迷惑な事はしないわ」



 そうこうしているうちに少女と共におれは自分の部屋に辿り着いてしまった。もちろん市街地を通りかかった時に降ろそうか、と提案したのだが、彼女は頑なに聞き入れてくれなかった。それでしょうがなく自室に一緒に戻る事にしたのだ。おれも仕事終わりで疲れていた。

……だがもしかすると警察におれはしょっ引かれるかもしれない。そんな考えが脳裏をちらつき、何となく憂鬱だった。家出少女であれ家出少年であれ、かくまえば今日日犯罪になる訳だし。


 翌日は土曜日だったのだが、案の定警察がやって来た。しかしおれの嫌疑は未成年者略取ではなくだった。地域住民が作った案山子かかしを盗んだ、という話なのである。

 一体何がどうなっているのだろう。警察と共に少女が眠るベッド(彼女のためにおれが明け渡したのだ)を見ると、そこに横たわっているのは確かに粗末な作りの案山子だった。

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