第18話 野獣ハンター

 会社の都合で片田舎に引っ越す事になった俺が、憧れのスローライフを手に入れたのだと浮かれていたのは実に浅はかな事だった。

 田舎民は思っていたよりも閉鎖的だし田舎暮らしは都市郊外のそれよりもいくらか労苦がある。

 だが問題の本質はそこではない。圧倒的に治安が悪いのだ。

 俺もよそ者だから詳しい事は知らない。しかし田舎だからなのか青臭い青春とリビドーを持て余したアホ共が大勢いて、彼らがほうぼうで悪さを行うのだ。ああ、悪さなどと言う可愛いものではない。犯罪、それもえげつない犯罪行為に手を染めるわけなのだ。連中は運が良ければ警察にしょっ引かれるが、そうでない場合も往々にしてあるという。

 俺一人だけならばそれでもまぁ治安が悪いなと笑い飛ばす事が出来ただろう。

 だが今の俺には護るべき新妻と愛らしい娘がいるのだ。彼女らの身に何かあればと思うと不安で仕方がない。



「おやこんばんは、見かけない顔ですね」


 仕事終わりの夕方。立ち寄ったコンビニの駐車場で俺は一人の若者に声をかけられた。

 親しげに話す若者に、俺は胡散臭いものを感じた。この土地で若者は大体信用がならん存在だったし、何より迷彩柄で物々しい鞄を背負ったその姿はどう見てもマトモそうには見えなかったのだ。


「こんばんは」

「ああ、やっぱり僕って怪しそうに見えますかね」


 やはり俺の気持ちは向こうには伝わっていたらしい。両の手のひらを見せながら、若者は困ったように微笑んだ。


「ご安心ください。これは単に狩りをするための衣装に過ぎませんので……」


 若者はこの土地に巣くう野獣どもを狩るハンターなのだと簡潔に自己紹介してくれた。


「野獣狩りは僕の趣味の一環ですね。ですが……喜んでくださる方もいらっしゃいますので、余計に楽しいのです」


 実は若者もこの土地の人間ではなく、標的たる野獣を求めてやって来たのだと言っていた。


 野獣ハンターであるという若者と出会ったのは一度きりである。彼は一体何を仕留めるハンターなのかは聞きそびれてしまった。まぁ俺自身狩りにはさほど興味はないし、見ず知らずの相手だから別に構わないが。

 それよりも、この田舎の治安が良くなったのが個人的には嬉しかった。

 田舎の闇に乗じて悪事を働く連中の話は、越してきた時よりもうんと減少しているからだ。ただ不思議な事に、警察が動いたという話は一切入ってこないのだけど。

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