第16話 碧玉の魚

 玉石氏はその名の通り(?)石マニアとして知人たちからは有名だった。単に宝石などの世間で流通しているような石よりも、むしろ珍しい石を好んで集める事の多いコレクター気質だったのだ。

 そんな玉石氏だったが、ある事件をきっかけに石の収集はやめてしまった。むしろ今ではリサイクルショップ等にコレクションを売り払い、石とは無縁の暮らしを送っているくらいである。


 事件が起きたのは二年前の夏の事だった。物語は玉石氏が立ち寄った祭りの会場で、奇妙な露店を発見するところから始まる。

 その露店が石を売っていたのは言うまでもない。ちょうど夏みかん程度の大きさの石で滑らかな表面と半透明の色合いが特徴的だった。しかも目を凝らさずとも、石の中にうっすらと紅い塊があり、あろうことかそれはきちんと動いていたのだ。


「これは魚が入った石だよ」


 露店のあるじは実に簡潔な言葉で商品を解説した。


「そのままでも魚は生きていけるけれど、もし割ってしまったのならば水を入れた容器に魚を移すと良いよ。魚だから水の中で暮らし続ける事になるんだ」


 玉石氏はお金を出して、すぐさま魚入りの石を購入した。


 当時庭に面したアパートに暮らしていた玉石氏は、魚入りの石をすぐに割ってみた。魚が死なない方法も聞いていたし、何より魚が入っている石の内部が気になったからだ。

 石がガラスのように硬かったのは表面の数ミリのみだった。内部は水のような液体で満たされており、魚はその中を泳いでいたらしかった。作業は水を満たした桶の中で行われたので、魚は臆せず桶の中を泳ぎだしていた。桶の水と石の水は混ざり合っていたが、どちらがどちらなのかは玉石氏の眼には解らなかった。

 ちなみに、割れて中身が流れ出た石の方も若干の変化があった。残っていた水分は外気に触れると硬くなり、ちょうど滑石のようになっていたのだ。


 しかしながら、石から出てきた魚との暮らしも長くは続かなかった。外敵が来訪し、魚を喰い殺したからだった。下手人はアライグマだった。

 用心深い野生動物の狼藉を玉石氏が知る事が出来たのは……魚を丸かじりにしたアライグマがその場所でそのまま硬直していたためである。アライグマはその小憎らしい様相はそのままに、肉と骨と毛皮が石と化していたのだった。

 玉石氏が水桶を処理するまでの数日間に、小雀の石像も幾つか出来てしまった。水桶の水を口にしたら最期、全体が硬直し石になってしまうのだ。玉石氏はそれから、かつて友人が読んだという怪奇小説の内容を思い出したのだった。


 以来、玉石氏は石集めの世界から足を洗った訳である。

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