第14話 社内ニート地獄

「若い身空で死んでしまうとは残念だねぇ……ま、ヒトなんていずれ死ぬものだから、ここに来るのが早いか遅いかの違いなのだろうけれど」


 いつの間にか薄暗い一本道にいた窪内は、声の主を信じられないといった様子で眺めていた。端的に言えば声の主は柴犬に似ていた。但し頭が三つあり、柴犬特有の黒く三角形の瞳も三対あったのだ。

 彼は所謂ケルベロスなのだろう。窪内はそう思う事にした。世間で考えられるケルベロスとは大分イメージは違うが。そう言えば柴犬は案外狼に近い犬らしい。そんな記憶が窪内の脳裏に去来した。


「とりあえず君は地獄逝きだよ。だからこそケルベロス様直属の部下である私がこうして出向いたんだ。あのお方だけじゃあ、色々と回らないし」

「地獄逝きって、そんなライトな感じで言われても……」

「決まり事を覆す事は何人たりとも出来ないよ」

「畜生、所詮はお役所のイヌって事なんだな、あんたは」


 唐突な展開の末に、窪内はとうとう皮肉を放ってしまった。しかし三つ首の柴犬はへこたれる様子はなく、むしろ不敵な笑みで応じるだけである。


「心配しなさんな。人間で生まれた場合、一万人のうち九千九百九十九人が地獄逝きなんだ。別に君が特段悪事を働いたから地獄逝きなのではない。ヒトと言う生物そのものが業に塗れているだけなのだからね」

「…………」


 窪内はぐうの音も出なかった。声の主が人型であればまだ反駁できたであろう。しかし相手は柴犬、人外であるからどうにもこうにもならなかったのだ。



「君は社内ニート地獄を受ける事になるね」


 三つ首の柴犬に導かれた先は、会社のオフィスのようなところだった。

 社内ニートと言う単語には聞き覚えがあったが、窪内の瞳は地底の奥とは思えぬほどに輝いていた。窪内は生前社内ニートだった。しかし、自分で望んでそうなっていた節がある。


「君は社内ニートだったんだろう。社内ニートとしての地獄を味わわなければ、輪廻のサイクルには戻れないよ。さて、君の座席もあるみたいだから座り給え」


 柴犬が肉球で空席を指し示すのを見ながら、窪内は意気揚々と向かっていった。


 社内ニート地獄が本当に地獄だったのは、着席して三時間も経たぬうちに判明した。窪内の尻は椅子にピタリとくっつき、座った状態のまま背を丸める事も何もできないのだ。

 しかも何故か声も出ない。鬼や責め苦を受けているらしい亡者たちも窪内をスルーして何処かへ進むだけである。


「何かしたくても何もできない……これはそういう地獄なのだよ」


 どこかで、悟りを開いたような柴犬の声がこだました。 

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