第13話 ミライカガミ

 とある町のとある骨董品店に、ミライカガミと称される古ぼけた鏡があった。

 名前は前向きで牧歌的かもしれないが、まごう事なき曰くつきの代物だ。

 鏡にその顔を映したが最期、映った人間の死に際が垣間見えるという、恐ろしい鏡なのである。

 もっとも、死に際が見えるだけという事で、見えたからと言ってすぐに死ぬという訳でもない。そう言う意味では他の都市伝説などよりは地味で、尚且つ安全(?)ともいえるだろう。とはいえそれは、実害がゼロである事と同義ではないのだが。度胸試しに鏡を覗いた者の中には、ショックで寝込む手合いもいたからだ。

 したがって、若き店主はこのミライカガミの扱いにほとほと手を焼いていたのだ。


「成程ね。これが噂のミライカガミなのね……」


 骨董屋にふらりとやって来たその娘は、薄い布で包まれた鏡をさも興味深そうに見つめていた。フジカワと名乗る彼女の噂を聞きつけた店主が、わざわざ連絡を取って呼び寄せたのだ。

 術者にしては廉価で仕事を請け負ってくれる。不老不死の呪いのために、死ぬ事を切望している……これらの噂が本当なのかどうか、店主には解らない。だが奇妙な噂が立つのはやはりその界隈では有名だからだろうと店主は思う事にした。


「ミライカガミを覗き込んでも構わないかしら?」

「えっ……良いんですかいフジカワさん」


 唐突な申し出に店主はうろたえた。フジカワさんはミライカガミをどうにかするために来てくれている。しかしそれでも、彼女が鏡に映ったものを見てショックを受けないかと心配していたのだ。店主はお人よしだった。


「そんな顔をなさらないで。この鏡をどうにかするために私を呼んだのでしょ? それに私も、自分の死に際は気になるわ……終わりが見えたら誰だって安心できると私は思うし」


 店主が止める間もなく、フジカワさんは布の包みを解いてしまった。鏡があらわになったと悟り、店主は思わず顔をそむけた。鏡を見て、自分の死に様を確認するのが怖かったからだ。店主はお人よしだった。しかし自分の死に様を直視できるほどの胆力は持ち合わせていない。ある意味普通の人間だった。

 薄氷が砕けるような音が響き、それからフジカワさんのため息が漏れた。


「ミライカガミ、もう大丈夫だと思いますよ」


 どこか物憂げなフジカワさんの言葉を受け、店主は鏡を見やった。鏡は粉微塵に砕け、白っぽくなっている。もはや人の顔どころか何も映す事はできなくなっていた。


「私の影が映った途端に、勝手に鏡が割れてしまったのです……自分のゴールが見えなかったのは残念ですが」


 結局店主は、妙に残念がるフジカワさんに約束通り報酬を支払った。

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