第36話 忠告

「ですので、そう言ったことにはお気を付けください」

「まぁ、ほどほどに気を付けることにするさ」


 にっこりと笑みを浮かべる受付嬢に対し、繋は肩をすくめて答えた。

 どこかおざなりと言える態度ではあるが、受付嬢は慣れていると言わんばかりの笑顔を浮かべさらりと話を続ける。


「はい、そうしてください。では、何か質問等はございますか?」

「そうだな──」


 受付嬢の言葉に考えるような動きを見せた繋は、何かを思いついたような表情を浮かべて受付嬢に問いかけた。


「盗賊の扱いはどうなっているんだ?」

「盗賊でしたら討伐優先です。ギルドとしてはできるだけ殺さずに捕縛していただいた方が色々と都合がいいのですが、少なくとも下手に手加減してどうにかできる相手ではありませんので、そこはどちらでも構わないことになっております。

 盗賊を捕縛ではなく討伐した場合ですが、身元の分かる物をギルドへと提示していただければ、懸賞金などの報酬が出ることがあります。それと盗賊の所有物は全て討伐者の物となるのですが、これまたギルドとしてはできるだけ買い戻しをしてもらえるならありがたいので……」

「なるほど。ありがとう」


 と、繋は買い戻しの説明が出た時点で受付嬢の話しを強制的に区切る。

 この場合の買い戻しと言うのは、盗賊を討伐して得た物品を任意でギルドに預け、ギルドを仲介として元の持ち主が金銭等でその物品買い戻す交渉を行うことだ。


「いえいえ」


 ただその反応を予想していたのか、受付嬢は特に気分を害した様子はない。


「他には何かございますか?」 

「いや、今のところはこれ以上特にないな。何かあったらまた聞きに来るさ」

「そうですか。では、これで説明を終えさせていただきます」


 そこで言葉を切った受付嬢は軽く頭を下げたあと、


「それで、ここからは私からのアドバイスになるんだけれど──冒険者としてやっていくなら少なくとも魔物の解体くらいは覚えておいた方が便利よ」


 先ほどまでの背筋を伸ばし肩肘張った生真面目な空気を一気に弛緩させた受付嬢は、カウンターに腕を乗せ猫背気味になるとフレンドリーな雰囲気へと態度を変えた。少々前傾姿勢になりカウンターに体重を預けたことにより、受付嬢の二つの大きな夢が腕の上に乗ってこれでもかと強調されている。ただ、繋は特に反応をみせない。


「それはどうしてだ?」

「どうしてって、魔物をそのまま持ち帰るなんて普通は無理だからよ」


 そう口にした受付嬢は『何を当たり前なことを』と言った表情を浮かべる。


「小型サイズの魔物ならともかく、一回りも大きな中型サイズは一匹狩っただけで大荷物でしかないでしょ。さらに大きな大型なんて、持って帰ることすら難しいの。ギルドには専属の解体作業員がいるにはいるけど、丸ごと持って帰るより自分たちで解体して必要な部分だけを持って帰る方が効率的ってわけ。それに魔物によって討伐証明部位が違うから、少なくとも魔物ごとの討伐証明部位と魔石を取り出せるほどの解体技術を習得しておいた方がいいわ。あと、素材になる部位とかね。

 ってことで、ギルドの隣にある解体倉庫で無料講習を行っておりますので、よろしければ一度お越しください」


 と、最後だけ営業トークのような口調に戻った受付嬢は体勢を元に戻し、にっこりと完璧なまでの営業スマイルを浮かべた。

 それはまごうことなき営業スマイルなのだが、それ故にその笑顔は非の打ち所がないほど綺麗で百万ドルとは言わないまでも、十万ドルくらいのスマイルだと言える。

 男盛りの冒険者なら、一発で恋に落ちる笑顔だ。


「そうだな、気が向いたら受けさせてもらうよ」


 しかしやはりと言うのか、そんなスマイルを向けられても繋は表情一つ変えることなくあっさりと返答する。

 そして、ふと何か気が付いたかのような様子を見せると受付嬢に問う。


「普通は無理ってことは、普通じゃない方法があるってことか?」

「ええ、あるわよ。普通じゃない方法。それは〔収納の指輪〕って言うひっじょ~に高価でなんとも便利な魔道具っていう方法が。あ、ちなみにこれね」


 受付嬢は初めから用意していたのか、手際よく黒く細長いケースを取り出して目の前に置いたあと、そのケースを開く。ケースの中には、黄色味がかる透明な魔鉱石が取り付けられた三つの指輪が並んで入っていた。


 三つともがほとんど同じデザインの指輪だが、よく見ると細かい部分のデザインが意図的に変えられており、それぞれに取り付けられている魔鉱石の純度も違うようだ。一番純度が高い魔鉱石は澄んだ黄色をしており、そこから徐々に全体的にくすみが入っている。


「これは名前の通りいろんな物を収納できちゃう指輪で、これを持っている冒険者はだいたいが解体なんてせずに持って帰ってくるのよ。あ、いろんな物って言っても生きているものは無理だからね」

「へぇ、便利な魔道具があるもんだな。それで、その下についている〔大〕〔中〕〔小〕の札は、収納できる量か」

「そうそう、正解正解。使われている魔鉱石の純度が一番高い〔大〕が一般的なギルド倉庫の約三つ分で、その次の〔中〕が二つ分。それで、こっちの分かりやすくくすんでいて一番純度が低い〔小〕が倉庫一つ分ってところかな」


 受付嬢は一つ一つ指さしながら説明する。


「ま、一番純度が低いって言っても一つ金貨五十枚、五百万ノエルもするけどね。ちなみに〔中〕が金貨百枚で、〔大〕が金貨百五十枚。

 だから商人にはともかく、一般の人にあんまり普及してなくてそれほど知られていんだけど。あ、そうそう。冒険者ランクを上げることもそうだけど、この〔小〕を買うことをとりあえずの目標とする冒険者が結構多いわよ」


 金貨五十枚、五百万ノエルなんて言われてもこの世界の物価等が分からなければどれほどの価値か分からないだろう。

 故にこの金額を繋の世界での通貨、円で換算するとおおよそ一千万円となる。

 一千万円。ドルではなく、日本円。


 現代の貨幣価値と異世界の貨幣価値を比べることはあまり意味のないことだが、なんにせよこの金額は両世界でも普通に大金だ。

 地球でも一つ一千万円の指輪は存在するが、それを一般人が買えるかと言えばすぐには首を縦に振れないだろう。すぐ首を横には振ることはできるが。


 ちなみに、この世界の硬貨の最小値は鉄貨からで、

 鉄貨  一ノエル

 銅貨  十ノエル

 大銅貨 百ノエル

 銀貨  千ノエル

 大銀貨 一万ノエル

 金貨  十万ノエル

 大金貨 百万ノエル

 白金貨 一千万ノエル

 黒金貨 一億ノエル

 一桁上がりで九種類の硬貨が存在する。


 九種類もの種類がある硬貨ではあるが、実際は白金貨と黒金貨の二種類は大きな街でもほとんど出回ることはなく一度も見ることなく一生を終える一般人がほとんどだ。さらに言えば、大金貨さえもあやしいだろう。せいぜい、金貨止まりだ。


「なら、俺も目標としておくか」

「ええ、頑張ってね」


 今度は営業スマイルではない、自然な笑顔を浮かべて優しく口にする。

 すぐ横の窓口にいた冒険者が用を終えて立ち去ろうとカウンターを離れるその時、ふと目に入ってしまったようで足を止め魂が抜けたような表情を浮かべ、後ろに並んでいた別の冒険者にどかされていった。


「なら、その最初の一歩として何か簡単な依頼でも受けてみるか」

「あ~その前に忠告があるの」

「忠告?」

「そう、忠告。さっきまでのは新人冒険者全般に対してギルド職員からのアドバイスだけど、これは冒険者ギルドフォル支部の受付である私個人からの忠告。フォル支部での忠告かな」


 受付嬢は小さく手で招き、繋は素直に従って顔を近づけ耳をそばだてた。

 そして繋以外に聞かれないよう警戒しながら声をひそめ、囁くように言葉を続ける。


「フォルの街で冒険者を続けていきたかったら、飲食スペースにいるあの冒険者たちと関わらない方がいいわ」

「と言うと、あの騒がしい筋肉の集団のことか」


 首を最小限に動かし、繋は視線の端を飲食スペースへ向けた。

 ギルドの半分を占めている飲食スペースには、多くの木製のテーブルと椅子が十分な間隔をあけて設置されており、そこでは空席が無いほどたくさんの冒険者たちが朝食を食べながら話し合っている。


 荒事を取り扱う冒険者が故にマナーや行儀は全体的にそこまでよくないものの、ひしめき合う多くの冒険者たちの中でさらにマナーから外れた行動を取っている集団が嫌でも目に付いた。

 その集団とは、先ほど二階から降りてきた筋肉の集団である。


 五人の筋肉たちはテーブルに隙間なく並べられている肉を口に運びながら、この場にいる誰よりも騒いでいた。迷惑と言う言葉なんて辞書になく、他人なんて知ったこっちゃない、まさに他人事と言った態度だ。

 暑苦しい見た目から、顔をしかめるほどの行動的から、進んで仲良くしたいとはとても思えない集団である。

 周りの冒険者たちはそんな彼らから意識的に視線を避け、まるで嵐が過ぎるのを待っているかのようだった。


「ええ、そうよ。この街で冒険者をするなら、彼らとは絶対にトラブルを起こさないようにしなさい。あなた、この街に来たばかりでしょ」

「ん? 俺がこの街に来たばかりなのは正解だが、よく来たばかりだと分かったな」


 繋は受付嬢が口にするシリアスな話の内容とは裏腹に、何とも場にそぐわない驚いた表情を浮かべる。


「そりゃ、そんな見るからに高価そうなローブを着て、そんな大きくてなんかすごそうな杖を持っていたら少なくとも記憶に残るし、冒険者の間で噂になるでしょ。その覚えがないってことは、最近他の街から来たってこと。

 いえ、そうじゃなくて。ちゃんと私の話を聞いてるの?」

「ああ、聞いてる聞いてる」

「ならいいけど。それで、あいつらは【 筋肉の狂乱 】マッスルパーティっていうこの街をホームにしているクランの連中なんだけど、これがすごく素行が悪い奴らでね」


 そう言葉を吐き出す受付嬢の表情は険しく歪む。


「そこのクランメンバーは最低でもCランク以上で、クランリーダーを含めてAランクが数人もいるからギルドとしても色々とどうにもこうにもできない集団なの。ここのギルドマスターが他のギルドのように高位冒険者や特位冒険者からの叩き上げだったらよかったんだけど、ギルド本部からきた事務系ギルマスだから」


 最後の方になると受付嬢は忠告ではなく、愚痴と言っていいような言葉をその口からこぼす。しかしながらそこ言葉には心がかなりこもっており、それが本心であることは手に取るように分かる。


「だから、いらないトラブルは避けなさい。それが最大の忠告よ。あと、できるなら今すぐにでもギルドから出た方がいいわ。この街からもね」

「一応その忠告は素直に受け取っておくし、気を付けるだけ気を付ける」


 言いながらどこか楽しげな笑みを受付嬢に向けた繋は、


「まぁ、でも。気を付けたところで、気にしたところで、どうにもならないことはあるんだけどな。いままさに、こんな感じで」


 身体を横にずらし軽く首を動かし後ろを示した。

 受付嬢はその動きに合わせいぶかしげに繋の後ろへ目を向けると、心底嫌そうな感情をわずかに漏らすもすぐに取り繕う。


「よう。そんな貧弱な体で、よくもまぁ冒険者になろうなんて思ったな。正気を疑うぜ」


 そう口にしつつ背後から繋に近づいてきたのは、ちょうど話に出ていた五人の筋肉たちであった。

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