第35話 ギルド

 目の前の扉を繋が開けると騒音と呼べるような心地よい雑音が出迎え、中にいた人々の無数の視線が反射的に向けられた。

 なんとも入りづらい空気が雰囲気が漂うも、臆すことなく繋はギルドの敷居を跨いだ。

 ギルド内部は外見通りに広く、思いのほか綺麗なものだった。


 扉から入って右手側がギルドスペース、左手側が酒場のような飲食スペースと分かれており、双方のスペースには見るからに冒険者ですと言った格好をしている人々がごった返している。冒険者と言う職種内容ゆえに男性が多いように思えるが、意外とギルド内にいる冒険者の男女比は同じくらいであった。


 中に入った繋はざっと内部を見回し観察したあと、右手側にあるギルドスペースへと足を向ける。

 ギルドスペースの奥にあるカウンターには、三人の美人と言える受付嬢が手際よく列をなした冒険者たちの相手をしており、カウンターのさらに奥ではギルド職員たちが机に向かってそれぞれの仕事をこなしている。

 カウンター前に一列で並ぶ冒険者たちは荒くれ者と言う印象とは違い、なんともお行儀のよいものだ。


 先頭で今現在受付嬢と話している男の冒険者の顔はにやけており、冒険者たちの行儀のよさの要因が垣間見える。結局、美人に嫌われたい男がどこにいるかと言う話だ。痛めつけられたいは、一定数いるだろうが。


 繁盛しているカウンターの横の壁に設置されているボードには羊皮紙の依頼書が張り出されているのだが、その数は数えるほどしか張り出されてなかった。

 いや、点々とした残り方からして張り出されていた依頼書の大半が今ここに居る冒険者の手によって剥がされ減ったと言った方がいいかもしれない。

 そしてカウンターとボードが設置している壁の間には二階へ向かうための階段が設置されており、ちょうど筋肉が盛大に盛りに盛り上がっている大柄な男たちが五人階段を降りてくる。


 鍛え抜かれた見事な筋肉たちが降りてきた瞬間、先ほどまでの騒がしさが嘘だったかのようにギルド内が静まり返った。

 一階に降りた五人の筋肉たちは、一旦その場で立ち止まり楽しそうに周囲を見渡す。

 するとカウンターの前に並んでいる冒険者たちと、周囲に立っている冒険者たちは練習でもしていたかのような素早い動きで筋肉たちの前からどいていき飲食スペースまでの道を開ける。


 その様子をニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら眺めていた筋肉たちは、そうしてできあがった道を悠々と通り移動を始めた。

 示し合わせたかのように一斉に口をつぐんだ冒険者たちは歩いていく筋肉たちから全力で全身全霊で視線を逸らし、筋肉たちが一卓だけ不自然と言えるほどに開いているテーブルにつくまでそれは続いた。


 そこから一拍二拍と時間を挟み、ようやく思い出したかのように騒がしさが戻ってくると受付嬢たちの業務も再開され多くの冒険者を軽やかにさばいていく。

 どう考えてもこれは異様としか言いようのない光景だったが、非常に慣れた空気感からしてこの状況は日常茶飯事のようだ。


 なんとも言えない様子を立ち止まって眺めていた繋は、自体が収まったことを見届けると止めていた足を動かし始めゆっくりとカウンターに近づく。ちょうど開いた飲食スペース側に近いカウンターの前に立つと、繋は受付嬢に声をかける。


「冒険者登録をしたいんだが」


 その窓口を担当していたのは、頭のてっぺんから生える新雪のように白く長い二つの耳と純度の高いルビーのように澄んだ赤い瞳。そして一際目を惹き付けてしまうほどに大いなる夢が大いに詰まりに詰まった巨大で巨体な山を二つ持つ、たわわでかわいい兎の獣人だった。


 他のギルド職員たちが着ている制服はいたって普通の制服なのだが、彼女だけはいささか主張が激しい二つの山のせいで他の職員の制服と印象が違って見える。どんな風に印象が違うかと言えば、それは言うまでもないことだろう。


「はい、登録ですね。少々お待ちください」


 受付嬢は繋の言葉に慣れた笑顔で返答すると、カウンターの下から青く透き通った大学ノートくらいの板状の物体を手早く取り出した。

 それは主にギルドで使用される〔登録版〕と呼ばれる魔道具である。


 どんな魔道具かと言われれば名前の通りギルド等の公的な組織に登録するためによく使われる魔道具だ。

 ちなみにこの世界の魔道具とは、この世界に存在する魔鉱石と言う物質を加工して作られるアイテムのことを言う。


「代筆はどういたしましょうか?」

「自分で書けるから大丈夫だ」

「そうですか。では、こちらを」


 繋の答えを聞いた受付嬢は取り出した登録版を向け、軸先に魔鉱石が取り付けられたペンを差し出した。

 右手で持っている杖を左手に持ち替えて肩に立てかけた繋は、差し出されたペンを受け取り登録版に目を落とす。


「それでは、それぞれの欄に必要事項の記入をお願いします」

「ああ、分かった」


 受付嬢は登録版に表記されている各項目を手で指し示し、繋はペンをくるりと一度回してから記入していく。記入欄は当たり前だが、ごくごく普通である。

 名前から始まり年齢、使用武器、魔法適性などなど。繋は記入欄へと適当に書いていくが、そんなことよりもこの魔道具に感心していた。


 なぜなら、この魔道具はまさしく地球で言うところのタブレットと同じだからだ。むしろ、書き心地や反応の良さはこちらの方が良いとさえ言えるかもしれない。

 自然と笑みを浮かべていた繋は時間をかけることなく適当に記入し終わると、登録版とペンを受付嬢へ返す。


「はい、ええっと、ツナグさん、ですね。項目の記入漏れはないようなので、続けてギルド証をお作りいたします。では、こちらの〔冒険者の指輪〕か〔冒険者の腕輪〕の二つのうちどちらかをお選びください」


 そう言って、受付嬢は記入している間に準備していたであろう指輪と腕輪の二つを繋の前に置いた。

 指輪はシルバーの平打ちで透明度の高い青い魔鉱石が一つ取り付けられているシンプルなデザインをしており、ブレスレットタイプも幅一センチほどのシルバーに同じ魔鉱石が付けられたこれまたシンプルなものである。


「そうだな、指輪の方で」

「こちらですね」


 選ばれなかった腕輪をカウンター下へと片付け、指輪を手に取ると繋に手渡す。


「それでは、こちらはお好きな指におはめください」

「親指でも小指でもいいってことか?」

「はい、どの指でも大丈夫です。サイズの方は自動で調節されるようになっていますので気にする必要はありません」


 繋は受け取った指輪を言われるように、右手の中指にはめる。

 指輪と指のサイズはまったく合っておらずひどくぶかぶかで、ちょっとでも手を傾ければ指輪は落ちていくだろう。だが受付嬢の言葉通り指輪を指に入れてすぐ、自動で繋の魔力を吸収するとリング部分が締まり外れないように固定される。これは、王城で五人が渡された〔ステータスの指輪〕と同じであった。


「それでは、指輪をはめた手をこちらに近づけてもらえますか」


 指輪がしっかりはまっていることを確認した受付嬢は、受付横にずっと置かれていた板状で無色透明の魔道具を手で示す。

 その魔道具はハガキサイズの板状アクリルスタンドのような形で、表面には黒い線で手のマークが書かれている。

 言われた通り繋は手を近づけると唐突に小さめのパネルが繋の目の前に表示され、そこに『登録完了』と表示された。


「これで冒険者登録が終了いたしました。続けてギルドのルールと指輪の機能について説明させていただきますが、よろしいでしょうか」

「ああ、大丈夫だ」


 返答を聞いた受付嬢は、慣れた口調で説明を始める。



 受付嬢の説明を要約すると、以下のような内容であった。

 まず、冒険者個々人にはランクが付けられている。

 基本ランクは最低ランクのGから最高ランクのSまでの八段階。

 初めてギルドに登録する場合はどれほど実力があろうとも、どれほど権力があろうとも例外なくGランクから始まり、ギルドからの依頼を受け達成することによってランクは上がっていく。


 そのためランクによって冒険者を、

 F・Gランクを下位冒険者

 D・Eランクを中位冒険者

 B・Cランクを上位冒険者

 S・Aランクを特位冒険者

 と、区分して呼ぶことが多い。


 このランクは言ったように冒険者のランクと言う意味を持つと同時にギルドが斡旋する依頼の難易度にもなっており、ギルドのルールとして依頼は自身のランクよりも一つ上のランクまで受けることができる。ただし、Aランク以上の依頼は適用外。


 受けた依頼は〔冒険者の指輪〕及び〔冒険者の腕輪〕の機能によって【クエスト】と唱えればいつでも確認することができるようになっている。

 冒険者はその職業柄、街や国への出入りを頻繁に行うため権利として様々な通行料は免除されているため、冒険者はランクを問わず義務として何かしらの依頼を受けなければならない。


 故に一定期間依頼を受けない冒険者は、やむを得ぬ場合等の例外を除きギルドの登録が破棄されてしまう。その場合は再登録となり、どれだけランクが高かろうが基本的に最低ランクのGランクから再スタートとなる。


 そして、何度もその行為を繰り返してしまうと悪質冒険者とみなされ完全に再登録ができなくなってしまう。これは犯罪を犯した場合でも適応され、この場合は即時に完全永久除名となる。



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