第34話 街
「周りに人は、居ないな」
林から直接フォルの街にある路地裏へと移動した繋は、空間に開いたゲートから顔だけ出して周囲を見渡しつつ自然とそう口にする。
繋が移動先に選んだ路地裏は、なんとも狭い場所であった。
腕を伸ばせばすぐ壁に触れてしまうほど幅が狭く、周りの建物のせいかそれとも立地のせいか日差しが遮られ朝にもかかわらず妙に薄暗い。そうして日差しが遮られているためなのか、足元の地面はうっすらと水気を帯びておりどうにも湿度が高く若干の不快さが纏わりついてくる。これで夏のように気温が高くなれば、ここはどこまでも不快な場所となるだろうことは想像に難くない。
そういった様々な理由からか、それともまた別の理由なのか。
そこにどんな理由があるのか分からないが、少なくともこの路地裏には数日と言わず月単位で人の出入りした痕跡がなく、下手をすれば年単位で痕跡がない。
だからこそ繋はゲートの出口にこの路地裏を設定したのだが、さすがの繋と言えどこのなんとも言えない不快感をスクリーン越しに分かるはずもない。
いや、もちろん文字情報として確認し経験から思い起こしてはいたのだが、実際に体験するとしないとではまるっきり違う。そして経験してきたことであっても慣れているかと言えば、やはりそうではない。不快なものは、不快なのである。夏の暑さにいつまでたっても慣れないように、冬の寒さにいつまでたっても慣れないように。
故に路地裏に足を踏み入れた途端、全身に纏わりつくねっとりとした湿度の不快感に繋は少しだけ嫌そうな表情を浮かべた。なんとも嫌そうな表情を浮かべたまま傍らのサブスクリーンに視線をやり素早く周辺の情報を確認し、さらには自身の感覚を高めて周りの気配を探っていく。
サブスクリーンが表示している情報には当たり前だが誰一人としてこの場へと近づこうとする者はおらず、繋独自の周辺感知にも引っ掛からない。
それでも繋は周辺を、周囲を念入りにマップと自身の感覚で確かめてから動き出した。
「分かっていたが、これまた静かなもんだな」
サブスクリーンを消してから表の通りに出ると、やはりそこには誰もいなかった。
まるでつい先ほど滅びたばかりだと思ってしまうほどに静かなものである。だが、風に乗って遠くの方から人々の声がうっすらと聞こえ、この街が滅んですぐの綺麗な廃墟群ではないことが分かる。
この場所がここまで静かなのは、それが朝だから、という理由だけではない。
ここはフォルの街でも端の方に位置し予備の予備としての倉庫街のため、日常的に人通りが少ない場所となっている。その数少ない人通りはたいてい片手で数えられるくらいであり、多い時間帯でも両手の範囲内で数えきれる程度だ。
それにより誰にも見られることなく安全に裏路地から出てくることはできたのだが、人通りが少なく通りを使う人物がほとんど決まっているため逆説的に繋の存在は嫌に目立っていた。誰も歩いていない状況で目立つも目立たないもあるものではないが、だからと言って誰も見ていないわけじゃない。
通りの左右にある倉庫などの建物の中には少ないが人の気配があり、ようやくすれ違った第一通行人を含め見慣れない繋へと露骨な視線を向けていた。
向けられる視線は、いぶかしみ不審者を見るような目であった。
それは繋がこの場所で初めて見る人間だからと言う理由だけではなく、高価そうな服装も理由の一つであるだろう。もし、繋の服装が質素で貧乏な物であったのなら、新たな労働者と思われここまでの視線を向けられ続けなかったはずだ。
しかしながら当事者である繋は気にした様子はなく、涼しい顔を浮かべながら街の中心を走る大通りへと足を動かしていく。
フォルの街の中心を十字に走る大通り。
東西南北に伸びるこの大通りは、その名の通りかなりの広さを誇る。道幅は約十五メートルもあり、例えるなら四車線道路くらい広さと言えば想像しやすいだろうか。
そんな大通りは多くの人々が行き交い、繋もその人の波に混じって歩いていく。
大通りの両端には多くの店が軒を連ね、そこから聞こえてくる客引きの声には熱気がこもっていた。
どうにか客を呼び込もうとするその声につられてか、武器を背負った冒険者や多くの主婦たちがそんな店の前に立ち止まっては軒先になら出られた商品などを覗いている姿が目に入る。
繋は歩きながらそんな街の様子を観察しつつ、それ以上に通りを歩いている人々へと目を向けていた。
「人間ベースの獣人に、典型的な髭が立派で酒好きのドワーフ。それと、プライドの高くない社交的なエルフか。読んだ通りだな」
周囲を観察している繋は知識を確認するように呟く。
通りを行き来する人々の半数ほどが人族ではあるのだが、もう半数の内訳は人族とは違う別の種族である。その中でも多いのが獣人とドワーフの二種族であり、次点でエルフであった。
獣人は犬や猫などそれぞれが属する種族の耳を頭からひょっこりとのぞかせ、触り心地のよさそうな尻尾を左右に揺らして歩いている。
小学校高学年くらいの背丈であるドワーフは物語に書かれている印象そのもので、立派な髭を揺らし高確率で赤ん坊を抱きかかえるように酒瓶を抱えている。ただ、女性のドワーフは髭の無いタイプのドワーフらしく、何がとは言わないが合法的であった。
数は少ないがたまに目に入るエルフもドワーフのようにイメージ通りの長くとがった耳と男女ともに目を惹かれるほどに整った顔立ちで、スラッとした体躯になんとも透き通ったような容姿によりどこか浮世離れしている。
「魔族、いやここでは魔人族か。魔人族も街にはいるみたいだったが、今はさすがにこういう人通りの多いところには顔を出せないようだな」
周囲を見ている繋はさらにそう呟き、目的の場所へと足を速めた。
繋の目的地。
それは、この世界に根付く冒険者ギルドである。
大通りの南門近くにある冒険者ギルドは石造りの四階建てで、見ただけで理解できるほどなんとも大きくそして広い建物だった。横幅は約三軒分もの敷地を使い、奥行きも他の建物よりも倍以上にある。つまるところ、おおよそ六軒分の敷地をふんだんに贅沢に使用した建物だ。
そんな冒険者ギルドの入口に立った繋は、大きめの扉に手をかけた。
ギルドに入ることはおろかまだ扉も開けていないにもかかわらず、中から騒ぎ声が漏れている。漏れてくる騒がしい声は無秩序な騒がしさと言えなくもないが、冒険者は総じて騒がしいという万国共通の異世界共通の大前提からすれば、これはもはや秩序にあふれた騒がしさだとも言えなくもない。
まぁ、どちらにしても、騒がしいことこの上ないが。
「ああ、やっぱりどこの世界にいっても、この瞬間だけは変わらない楽しさがある」
だが繋は不快な表情を浮かべず、軽く口にすると口角を上げて扉を開く。浮かべた表情は笑顔と言えるような甘いものではなく、悪戯小僧のような無邪気にも邪気にあふれているものだった。
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