第33話 接続
丘陵地からさらに北にある王都の中心部は、朝特有の賑わいを見せていた。
仕事に向かう人々が街中を行きかい、市場や商店と言ったような場所には多くの人々が必要な物を求めて詰め掛けている。そうした店の軒先では客と店員の掛け合いや値引き交渉合戦があちこちで見え、こんなご時世とは思えないくらいになんとも活気が満ちた様子が拡がっていた。それもこれも、この国の政治が上手い影響だろう。
だが、繋が見ていたのはそんな街の様子ではなく、もっと別の部分だ。
繋が注視しているのは、王都内で繋を探し回っていた連中の動きである。
つまるところ、諜報部隊であり王国兵たちなど捜索隊の動きだ。
前日、あれほど活発的に活動的に見回りをしていた王国兵だったのだが、今はあくびを噛みしめゆったりと馴染みある住人たちに挨拶する姿が見える。
必死に影から影へ裏から裏へと走り回っていた諜報部隊の姿も、今ではほとんど見当たらない。唯一と言っていいほどに街に残っている数少ない諜報員は、それが通常業務なのか一般人として住人たちに紛れて日常を過ごしていた。
そう言った街の様子を一通り見て回ると、今度は城へと目を向ける。
城の中を上から下まで見ていくも、あの蜂の巣をつついたような大騒ぎは一晩経ってすでに沈静化されていた。いまでは捜索の「そ」の字の欠片も見当たらず、残り香さえ漂っておらず今現在の城内は多くの使用人がいつものように割り当てられた仕事に勤しんでいる光景が見える。
この現状から推測すると、王都内に王城内における繋の捜索は完全に打ち切られた。もしくは、限りなく頭の隅に置いておく程度に縮小されたと言っていい状態だろう。もう少し付け加えて言えば、あの老執事から繋が語った情報が流れていると言った理由もあるかもしれない。
ただどんな理由があるとしてもステータスが非常に高く優秀な勇者が四人も手元に残っており、城からいなくなったのが黒く塗りつぶされたステータスの持ち主でなんとも失礼な物言いをしていた人間だ。逆に、そんな人間のためによくもあそこまで大騒ぎできたと言えなくもない。
それほど、今の王族たちは慕われているのだろう。
「完全に大丈夫とは言い切れないが、この様子だと国としては俺の捜索は諦めたとみてよさそうだな」
王都から目を離すことなく呟いた繋は、ニヤリと口を動かす。
「なら、そこそこ自由に動けるか」
なんとも分かりやすく嘯き、目線をきってスキルをきって背筋を伸ばした。
もしいまだに捜索が続けられていたとしても、繋は何不自由なく自由に動けると確信を持って言える。なぜならそれほどの実力を繋は持っており、そのことを繋自身が理解しているからだ。
それでも身柄を捜索されている場合とされていない場合、面倒ごとが少ないのはどちらかと言えば、確実に後者だ。故に、繋としては最低限自身の目でも状況を確認する必要があった。
繋としても面倒ごとは少ない方に限る。
ただし、トラブルはその限りではないが。
大きく体を伸ばし終えた繋は肩幅くらいに脚を開き、持っていた杖を目の前に突き立て両手を投げ出し自然体で立つ。
完全に体の力を抜きリラックスした状態で目を閉じ、スキルを発動する。
「──
だらりと垂れ下げられた両腕。
スキルが発動してすぐ、その両の手の平から幾本もの黒いコードが現れた。現れたと言うよりは、生えてきたと言った方が正確かもしれない。もしくは、手の平を突き破ってきたかだ。
姿を見せた幾本もの黒いコードの先には、一本一本それぞれに規格の違う端子が付いていた。端子の種類は多岐にわたり、スマホの充電でよく目にする端子等から普段の生活では一度も目にしないような端子まで様々な端子が揃っている。中には専門家でもまったく見たことのない、未知の端子も混じっていた。それらは世界が違うんじゃないかと、時代が違うんじゃないかと思わせる端子たちだ。
なんとも多彩な多様な黒いコードたちは姿を見せると、まるでタコの足のようにうねうねと動き出し競争するかのように我先にと地面へ向かって伸びて地面に──否、世界に突き刺さる。
世界に突き刺さり、世界に接続する。
すべての黒いコードが世界に接続すると、すぐさま変化が起こり始めた。
突き刺さっている側からコードの色が黒から白へと徐々に変わりだし、手元へ向かって色の変化が進んでいく。これを身近なもので例えるなら、データをダウンロードする時に表示されるプログレスバーのようだ。
事実、これはそう言った意味を持つ視覚的表現である。
ただ、遅々として進まず時には信用できないプログレスバーとは違い、コードの変化は目に見えて分かるほどに速いものであった。
世界に接続して約一分。
すべてのコードが完全に黒から白へと変わり、
完全に白く染まったコードは役目を終えたと言わんばかりに地面から抜けていき、手の平の中へと戻っていく。シュルシュルと収納されていく。そうしてすべてのコードが手元に戻ると繋は目の前に突き立てている杖を回収し、
「世界接続完了。エラーも接続不良もなし。剣呑剣の……あ~いや、この使い方は違ったような気がするな」
などと、苦笑しつつ自分が口にした言葉を自分で否定する。
「まぁ、いいか。次は──
だが、そんなことはどうでもいいの一言で片づけられることでしかなく、繋はあっさりと思考を切り替え次の行動に移った。
手の平を上にして軽く左腕を前に突き出し、空中に一つのスクリーンを投影する。空中に現れたメインスクリーンは、約六十インチほどの大きさをした半透明でSFチックなスクリーンだった。
メインスクリーンには、繋を中心として周囲の様子が映っている。スクリーンに映っている映像は地図的な表示ではなく、高性能カメラを搭載したドローンで撮影しているかのような俯瞰的で非常に綺麗な映像だ。細かい部分まで鮮明に映っているその映像を目にしつつ、杖を肩に立てかけスクリーンに手を伸ばす。
「さて、ダウンロードした
繋はスクリーンに触れると、タッチパネルのように操作を始めた。
一番初めにマップの端にあるメニューを操作すると、先ほどダウンロードした異世界記録──劣化版アカシックレコードのような情報群──をマップに接続する。
これまた一分少々で接続が終了するとマップの形式を俯瞰から地図へと変更し、縮尺をいじり地図をスライドさせ周囲の様子を探り始めた。
その結果、付近にあるいくらかの小さな町や村、そして繋が今いる林からさらに南に行ったところにある大き目の街がマップに表示される。
マップに表示されたその街に繋が触れるとメインスクリーンにでかでかと街の全体像が表示され、それと同時に大学ノートサイズくらいのサブスクリーンがいくつも周囲に展開する。
囲むようにいくつも展開したサブスクリーンには、この街の詳細な情報や区画割した地図が表示され、目を通すだけでも五日以上かかりそうなほどの量だ。
ただそんな詳細の中でも、簡潔に書かれてあるものがあった。
〈フォルの街〉──今現在、スクリーンに表示されている街の名前である。
「一番近くて大き目の街はここだが──さて、どうするか」
顎に手をやりながら、メインスクリーンと周囲のサブスクリーンをいくつか引き寄せ書かれている詳細をざっと眺め目を通していく。
そこに書かれてある詳細な情報と言うのが、街の住人の完全な戸籍情報とそれに付随する過去を含めた完璧な個人情報。さらには現在進行形で街の中に居る人々、今まさに街へ出入りする人々の個人情報も含め、すべての情報が事細かく表示されている。
しかしながら、ここまで細かく詳細なほど詳細に表示される情報に弊害が無いわけではない。
高性能な通信機器も使いこなせなければ宝の持ち腐れなのと同様に、信用にあたいする正確な情報を得たとしても十全に把握できなければ活用できなければまったくもって意味がない。
つまり、情報が多すぎてなにから始めていいのか分からなくなる。
情報過多で、情報氾濫である。溺死するほどの情報量。
ただ、そんなことを使用者である繋が理解していないわけもなく、
「ああ、なるほど。これは面白いことになりそうな奴らがいるな。だがその代わり、放っておいたら後々面倒ごとを起こす確率が高そうだ」
事前に候補を上げていた目的地を地図の中から見つけた繋は、その目的地に付随する情報のみをサブスクリーンに表示させ情報を確認しつつ呟いた。さらに表示されている情報は要点だけが抜き出されており、さらなる詳細は気になった項目に触れると表示される方式になってある。
必要な情報を、必要な時に必要な分だけ。
一通りの情報に目を通した繋は何かを思いついたのかニヤリと楽しそうな笑みを浮かべると、メインスクリーンの操作に戻り周囲のサブスクリーンに文字情報ではなく特定条件で画像を表示する。
サブスクリーンに表示した画像は、どんな街にもどこの街にも存在する路地や路地裏であった。しかし、それはただの路地や路地裏ではなく、まったくもって人気のない人の出入りが少ない路地や路地裏である。
メインスクリーンに映している街の全体図と比べながら繋は立地等を一つずつ手作業で確認し、確認し終えたサブスクリーンは手元から弾き空中を滑らしていく。確認作業をしばらく続ける繋は、最終的にサブスクリーンを一つだけ残しメインスクリーン含めて他のすべてのスクリーンを閉じた。
「さて、異世界転移必須のワクワクドキドキの個人的イベントを消化しに行きますか」
一つ残したサブスクリーンを脇に控えた繋は体をほぐしつつ、楽しそうにそんなことを口にする。
「──【ゲート】」
最終確認でサブスクリーンに目を向けた繋は、そこに映っている人のいない路地裏の映像と周囲の簡易マップを確かめながらゲートを開いた。現れたゲートはその路地裏と足元を繋ぎ、ゲートの中へと繋は沈む。
そうして繋の姿が消えた後の林の中に残されたのは、世界の事情に我関せずと自由に吹き抜ける風と、その風によって揺れる木々が奏でる葉音のみであった。
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