第20話 道中

 それから何回目か何度目かの角を曲がり廊下を歩いていると、ちょうど先にある角を曲がってきた四人の高校生の姿が見えた。

 どうやら謁見の間での話が終わったようで、四人の横にはそれぞれの世話係なのか男子には同年代くらいの見目麗しい妖精のような美少女メイドが付き従い、女子には長身で眩しいくらいのイケメン執事が一人ずつ付いてエスコートしていた。

 まさに、顔で選びました、と言われれば簡単に信じてしまう人選だ。

 むしろ、それで正解だと即座に断言できるだろう。そうでなければ何なのだ、と逆に首を傾げるほどだ。


「お、説明が終わったみたいだな」


 向かい側から歩いてくる四人に声が届く範囲に近づいたタイミングを見計らい、繋は片手を上げ声をかけて立ち止まった。その様子は、街中で出会った友人に軽く声をかけるかのようだ。

 声をかけられた高校生たちもすぐに気が付いたようで、同じように立ち止まる。


「はん、誰かと思えばお前か。ああ、お前に関係ない大事な話は終わったぜ。安心しろよ、魔王なんざ俺がさっさと殺して元の世界に帰してやるからさ。その時は泣いて俺に感謝しろよ」


 だが四人の先頭に立ち、肩で風を切るように歩いていた大地だけは他の三人のように立ち止まることはなく、繋の姿を目にすると見下した視線を向け嘲るような感情を笑みに込めて得意げに語りながらさっさと歩いていく。

 そんな大地に付き従っているメイドは嫌悪感丸出しの目線を繋へ向けると、嫌なものを見たと言わんばかりに顔を歪ませる。

 隠すことなく、むしろ見せつけるように。


 ここで間違えてはいけないのは、嫌な『人』を見るような目ではなく嫌な『もの』を見るような目であると言うことだろう。

 立ち止まることなく歩いていく大地は、先導するメイドの案内によって繋がやってきた角と反対の角を曲がろうとする。

 その瞬間、繋は大地の後頭部を見逃さないよう凝視すると誰にも聞かれないような、それこそ老執事にさえ聞こえない小声で、


「──【アンカー】」


 と、呟いた。

 呟いてすぐ、繋から大地の後頭部へ向かって針状の見えない何か││針のようなアンカーが飛んでいく。かなりの速度で飛んでいくアンカーは、狙った通り狙いを外すことなく大地の後頭部へと命中した。

 命中したそのアンカーは大地の後頭部に突き刺さるとすぐに形を崩し、頭部に吸収されるような様子を見せて消え失せる。


 しかし当の大地本人は自身の後頭部にアンカーが刺さったことにまったく気が付かなかったのか、刺さった部分に触れるなどの特別な動きをみせない。案内している美少女メイドにばかり意識が向かれていた。

 しっかりとその様子を確認した繋は、続けて目線だけを動かし足元にいる小人の一人へ向ける。


 目線を向けられた小人は走り去って行った先ほどの二人と同じくニヤッと口角を上げ綺麗に敬礼すると、大地に向かって走り出しぴょんと跳んで背中にしがみついた。

 今まさに自爆しそうな感じに、しがみつく。しがみついて、繋の方へニヤッと笑う顔を向けた。まさに、自爆しそうな様子で。


「彼の言葉はいちいち気にしないでいいと思いますよ。謁見の間からずっとあの調子なんですから」


 そんな小人の様子を見ていた繋の隣にいつの間にか移動していた戌亥がフォローのつもりか愚痴のつもりか、一方的に話しかけてきた。その際、やはりというのかしっかりとかっこつけたようなポーズは忘れていない。ここまで来るともはや流石としか言いようがないだろう。


「まったく、彼は勇者と言う特別な存在になって非常に浮かれているんですよ。剣を使う勇者が本物の勇者と言う、時代錯誤も甚だしい固定概念にとらわれてね。本当に滑稽なものです」


 そう言いながら、戌亥は呆れに満ちたため息をつく。


「まぁ、はたから見ていてなんとも面白いものではありますが、自分勝手にリーダー気取りなのはいささか鼻について仕方がないと言えば仕方がありませんね。のちのち誰が本物の勇者なのかを存分に知らしめる必要がありそうですが、今は大目に見てあげているところです」


 話している間、大地が歩いていった方へと目線を固定し、どこか不敵な笑みを浮かべている。その浮かべている笑みは先ほど大地が繋に向けていたようなものと似通っているため、けして良い笑みだと言えたものではない。

 さらに口にしている言葉から、召喚された中で自分こそが一番の特別だと言わんばかりの空気をこれでもかと漂わせている。


 そういったもろもろを踏まえてみれば、大地と戌亥の態度は方向性が違うだけでどっこいどっこいと言った感じだ。似た者同士、どんぐりの背比べと言ってもいいだろう。繋が評価した通り、碌なものじゃない。


「では、自分も明日からいろいろと大変ですからこの辺で失礼します」


 語るだけ語った後、言うだけ言った後、戌亥は自分の斜め後ろに立っているメイドへ案内するように促した。

 促されたメイドはこれまた無表情と言うより絶対零度と言ったひどく冷たい目を繋へ一瞬向け、すぐに視線を切って大地たちの後を追いかけるように歩き始める。

 それを見ながら繋は、嫌われたものだなと内心苦笑しつつ思う。


 この時、繋は大地と同じように戌亥の背中に向けて【アンカー】と小さく呟き一人の小人についていくよう目線を送った。

 小人の方も待っていましたとばかりに敬礼すると、戌亥へ追い付くために急いで駆け寄って背中に飛び移る。そして、そのまま体をよじ登り頭の上で胡坐をかいて座った。

 もちろん誰も小人の行動は見えておらず、繋だけが小さく笑い声を漏らす。

 だがすぐにその笑い声を引っ込めると残った二人に顔を向け、


「はぁ、やっぱり腰抜けとか思われているんだろうな。まったく、年長者として恥ずかしい限りだよ。情けない限りだ」


 おどけた様子で話しかけた。


「いえ、死にたくないと思うのは当然ですよ。あんな黒くて文字化けしているステータスならなおさらです」

「そう言ってくれるといささか助かるよ。罪悪感をそれなりに感じていたからな」

「いえ、本音を言えば私もすべてを投げ出してでもこのお城に残って後方支援に回りたいんですけどね。でも、私が四人の中で一番年上みたいですから。それに、回復役は絶対に必要ですし」


 繋は体全体を使って情けなさを表現しながら言葉を紡ぐ。

 そんな繋に対して、琴は謁見の間で見せたあのうろたえっぷりが嘘のように安心させる笑顔を浮かべながら言葉を返す。

 変化はそれだけでなくその瞳には覚悟を決めた強い光が宿っており、どこか聖母であったり聖女を思わせるような後光が見えるようだ。


「それで、これからの予定はどうなったんだ?」

「そうですね。とりあえず、明日から最低でも一カ月以上は訓練になるみたいです。私たち全員のステータスはこの世界の人たちと比べたらずいぶんと高いらしいんですけれど、今まで戦ったことなんてありませんから。それに、魔法も練習しないと使えないみたいなんで」

「まぁ、そうだな。いくらステータスの値が高くてもそれを使う技術がなくちゃ無意味だからな。しかし、やっぱりこの世界には魔法があるのか。まったくもって、使える君たちが羨ましい」

「ええ、それはちょっと楽しみです」

「あと、部活の練習メニューもだよ。これをこなさなきゃ皆に遅れちゃうから、なにがなんでもやらないと」


 二人が話している横から、ちょっとばかり得意げに猫が会話に入ってきた。

 やはりこの猫柳猫という少女の思考は最初からまったくブレることがなく、称賛してしかるべきほどに揺らぐことのない精神の持ち主のようだ。芯の通っている自分を持った少女とも言えるし、マイペースで空気の読めない少女ともいえるのだが。

 ただ繋から言わせれば、この少女ほど面白い存在はないだろう。いや、それは言い過ぎだがに矢ようなものだ。

 猫が得意げそうに発言した言葉を聞いた琴は、無理をしていない自然な笑みがこぼれている。


「そりゃ、ごもっともなことだ。元の世界に戻ったとしても、大会で活躍できなきゃ意味ないからな」

「そう! お兄さんの言う通り! いいこと言うね!」


 猫は嬉しそうにビシッと指を向けた。


「でも、ケガには気をつけろよ」

「もっちろん、分かっているって。それに、琴ちゃんがいるからケガをしても大丈夫!」

「うん、そこは私が完璧に治しちゃいますから大丈夫ですよ。でも、ケガをしないように気を付けてね」


 胸を張って答える猫と、微笑んで答える琴。


「それじゃ、俺は俺で頑張るとするか」

「はい、頑張ってください」

「あ、ラーメンのこと忘れないでよ」

「大丈夫、ちゃんと覚えておくから安心しろ」

「にゃ~」


 親戚の子供をあやすように、それとも人懐っこい子猫と触れ合うように繋は優しく猫の頭を撫でる。猫は嫌がる様子もなく、気持ちよさそうな笑顔を見せた。近所のお兄さんに懐いているようだ。

 横ではそんな微笑ましい様子を琴はニコニコと眺めている。それは、親戚のお姉さんだったり親猫のように優しげな笑顔だ。


 だが、そんな姿を見せる二人の近くに控えている執事たちは、どうやらその光景が気に食わないようだった。

 それぞれにあてがわれた執事たちは自身の感情を隠す努力を完全に放棄し、表情を酷く歪ませ親の仇を見るように繋を睨みつけ、今にも呪い殺さんばかりの雰囲気を醸し出している。


 しかしそんな表情を感情を繋へ向けてすぐ、二人の執事は弾かれたように三人から視線を外す。

 視線を外し慌てたように新たに顔を向けたのは、ひっそりと静かに立っている老執事の元であった。

 二人の意識が向いた老執事に、別段変わった様子はない。

 ないのだが、二人の執事は老執事の瞳の奥に見える人を殺さんばかりに鋭い視線に気が付いたのか、みるみる顔を青白くさせる。もう血の気がどうとかと言う問題ではなく、全身の血液をすべて抜き取ったかのような生気のない青白さ。

 もしかすれば、もう死んでいるんじゃないかと言わんばかりである。


 執事たちは限界を超えて顔色を悪くし、さらには額から玉のような脂汗をにじませ、必死で顔を逸らし明後日の方向へと視線をさまよわせる。

 だがその程度で強い恐怖が去ってくれるわけはなく、継続して二人はひしひしと圧力を感じているようであった。


「それでは、これで」

「じゃあね!」


 横で行われている事態に気が付くことなく二人は繋と触れ合ったのち、部屋へと向かうため移動を再開する。

 琴は繋へ向けて軽く頭を下げ、猫は大きく手を上げて大げさに振ると踵を返して背中を見せた。猫は遠ざかっていく際にも振り返って大きく手を振り、繋もそれに軽く手を上げて返す。


 執事たちはほっとした表情を浮かべると、先導を再開した。

 一通り手を振り合ってようやく猫が背中を見せると、やはりそこでも繋は遠ざかる二人の背中に向かって【アンカー】と小さく口にし、残っていた二人の小人もビシッと敬礼し一人ずつ後ろに付いて歩いていく。

 そんな二人が角を曲がり姿が見えなくなると、


「では、案内を再開いたします」


 タイミングよく老執事が繋へと声をかける。

 その言葉に繋は「ありがとうございます」と軽く頭を下げ、それを見た老執事は返答するかのように綺麗に頭を下げて案内を再開させた。





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