第19話 小人

「いかがいたしましたでしょうか」


 そんなことを口にしながら扉の横から現れたのは、繋をこの部屋まで案内したシルバと呼ばれる老執事であった。

 老執事は好々爺と言った優しげな表情と雰囲気を醸し出しているのだが、その目の奥には何一つ見逃さんと言わんばかりに剣呑な鋭さが宿っている。さらに、その場にただただ立っているだけでも体の芯がまったくブレていないことから、相当な手練れと言って過言ではない。

 もし本人にそのことを尋ねた場合、この老執事は「執事ですので」とにっこり笑って答えをはぐらかすに違いないだろう。そんな雰囲気を漂わせている。


 垣間見える実力の一片を見ただけでもこの老執事は監視と言う点に置いても護衛と言う点に置いても、これほどの適任はいないと言えるだろう。世話係としても執事をしていることから分かる様にそつなくこなすことは間違いない。

 そこまでの実力を持った老執事が極限まで気配を殺し扉の横に控えていたのだが、実のところ繋は最初から気が付いていた。

 しかしながら繋はそのことをおくびに出すことなく、さもまったく分からなかったかのように自然に驚くリアクションをとる。

 ビクッと驚いた表情を作り、不自然にならないよう体が硬直するリアクションを。


「お、おお」


 そしてここで大きな声を上げず、短く声を漏らす程度がポイントである。もしくは、硬直して声を一切発しないかだ。

 よくある漫画などにある極端なリアクションは非常にわざとらしく、こういった手合いには高確率で勘繰られる場合がある。いや、勘繰られるだけましだ。下手をすればいろいろとバレてしまうだろう。


「あ~えっとですね。ちょっとトイレに行きたいんですけれども」


 なんとも助演男優賞を取れそうなほどの自然で見事なまでの戸惑い混じりの声を繋は口にする。その繋の言葉を聞いた老執事は、


「それでしたら、わたくしがご案内いたします。では、こちらへ」


 即座に理解を示し恭しく胸に手を添えて軽くお辞儀をすると、繋に部屋を出るように促す。繋はそれに促される形で廊下に出る。

 完全に繋が廊下に出たことを確認した老執事は部屋の扉を閉じ、繋へ軽く頭を下げると先導するために歩き出した。

 どこかボケッと呆けた様子を見せる繋は、慌てて後を追っていく動作に紛れこませる形で背後に固まっている小人たちへチラリと一瞬だけ目線を送る。


 すると六人の小人のうち二人が待っていましたと言わんばかりにニヤッと大きく口角を上げて敬礼すると、進行方向に一人と逆方向へ一人ずつ元気が有り余っている小さな子供のように走り去って行った。

 はたから見れば、いや、はたから見なくてもこの一連の行為は城内を探らんとするスパイ行為だと言ってしまってもいい。スパイ行為でなかったとしても、少なくとも咎められる行為であることは確かだ。


 即座にこんな行動を示唆した繋へ、監視として護衛として付けられた老執事から何かしら過剰な反応があってしかるべきである。いや、そもそもの話、まずは背後にいる小人に対しての説明を求める方が先だ。繋が部屋から出てきた瞬間に。

 だが、老執事は何の反応を示すことなく、今も先頭に立って案内を続けている。反応どころか、存在を認識していないかのような様子だ。

 事実、その通りである。

 老執事は、六人の小人など見えてもいなければ存在さえ把握できていない。



 繋が使用した魔法『壁に耳あり、障子に目ありハイド&シーフ

 この魔法は、いわゆる情報収集系の魔法である。

 魔法で創り出した六人一組の小人が、様々な場所へ侵入したり個人を追跡することにより情報を取得してくる、と言った効果を持つ。


 今回の場合、走り出した二人の小人はこの王城内の情報収集を彼らは任されていた。

 小人たちは基本的に使用者である繋以外にその姿を見られることはなく、どんな場所であれど──それが隠し部屋等だとしても──誰にも知られることなく気が付かれることなく侵入が可能だ。


 ただそれでも、完全に視認されないわけではない。

 使用者以上の実力者ならばごく普通に小人たちの姿を視認でき、この魔法専用の対抗魔法を使用すれば簡単に見つけることができる。

 ただし、条件を満たす存在がこの世界に居るかどうかは、全面的に否定せざるを得ないのだが。



 老執事に案内されて歩く王城内は、これでもかと言うほどに広かった。

 一階にあった謁見の間から割り当てられた部屋へと案内された時もそうだったが、トイレに行くためだけでもいくつもの角を曲がり、まっすぐに伸びる廊下を歩いていてもまったくもって目的地にたどり着かない。


 まるで、出口のない迷宮内をさまよっているような気がしてくる。もしくは、狐や狸に化かされて同じところをぐるぐると歩いているような感覚だ。

 まぁ、そんな気がするからと言って、そんな感覚におちいっているからと言ってそんなことは全くない。


 ただただ、城内が無駄に無秩序に広いがためにトイレまでかなり距離があるだけ、などの立地的な理由もあるにはあるのだが、実のところそれ以上に老執事がわざと遠回りをしながら複雑な経路を選んで案内しているためだ。

 別に、謁見の間で王たちに失礼な態度をとっていた繋に嫌がらせをしているというわけではない。


 これには、防犯上の対策と繋の行動を制限すると言った確固たる理由が存在していた。

 防犯上の理由としては、その言葉通り一部とはいえ城内のどこに何があるかを正確に教えないためである。

 次に行動制限の方だが、これは城内が迷子になるほど複雑だと学習させることで繋が行動する際に案内役として常に老執事を呼ばせるためだ。つまるところ、合法的に監視を付けるためである。


 しかしながらどういった思惑があったとしても本当にトイレに行かなければならない状態であり、膀胱が表面張力ギリギリの決壊寸前のダム状態であれば確実に間に合わないことこの上ないだろう。

 もし我慢していた物が固形のブツだった場合、より悲惨だと考えなくても分かる。悲惨であり飛散である。


 ゾンビ映画に出てくるゾンビのようにどことは言わないがどこかの門にこれでもかと詰め掛け、突破してしまえば人としての尊厳が大いに削れに削れるはずだ。

 反射的に突発的に瞬間的に、自殺してしまいそうになるくらいに。

 もしくはそんな普通では味わうことのない開放感に、別の門を開くかもしれない。

 いや、慣用句的には門と言うよりも扉と言う言葉が正しい。しかし、この場合に限って言えばやはり門の方が正しいだろう。なんとも汚い話だが。

 相手側の思惑を理解しつつ、笑い話のようなよしなしごとを考えながら、繋は案内する老執事の後を特に文句を口にすることなく素直についていく。




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