第18話 始動

 神界から王城の部屋へと戻ってきた繋はおもむろに大きく腕を上に挙げ、身体をほぐし始めた。

 じっくりと時間をかけて上半身から下半身と調子を確かめるように身体全体をほぐしていき、最後にぐるりと首を回し十秒ほど時間をかけて深く息を吐く。

 すべての動作には無駄がなく、ただのストレッチだけだというのに感心してしまうほどに自然な動きであった。お手本とするにはいささか自然すぎて、お手本にするべきではないほどだ。


 一通り全身をほぐし終わった繋は体をベッドに向け、そのベッドの上に置いていった指輪に左手を伸ばすと人差し指を下から上にクイッと動かす。

 他人からすれば何をしているのかと首を傾げる行動だが、繋が見せた指の動きと連動するかのようにベッドの上にあった指輪はひとりでに跳ねあがり、勢いよく部屋の中心に立っている繋の下へ跳んでいく。


 山なりに綺麗な弧を描いて宙を跳ぶ指輪は、決められた航路を辿るかのように左手の手のひらに綺麗に着地する。まるで、飛行機が定刻通り運航するかのように。

 一歩も動くことなくほんの一動作だけで指輪を回収すると、手の平で指輪を転がしそのまま右手の人差し指に差し入れちょうどいい位置まで指輪を通すと指輪のリングはひとりでに締まった。


 繋は軽く指輪を引っ張り、しっかりとはまっていることを確認すると近くにある三人掛けのソファを掴み苦も無く回転させそこに座る。

 背中を預けることなく若干ほど前のめり気味に座ると手の平を上にして右手を前へと伸ばし、


「──【絶対世界時計】ワールドクロック


 そう、口にした。

 直後、繋の目の前に二つの時計が唐突に現れる。

 背景が白く余計な装飾のない、本当にシンプルな丸いアナログ時計。

 二つの時計の上部にはそれぞれ白地に黒文字のプレートが取り付けられており、片方のプレートには『地球(日本)』と、もう片方には『ヴェルト(モンターク王国)』と表示されている。

 つまるところ、これは日本とヴェルトの現在時刻を表す時計だ。

 この二つの時計の針は同じ時間を指し示し、さらにカチコチと同じ速度、同じタイミングで秒針の音が重なって聞こえてくる。


「時間差は、ないようだな」


 二つの時計を見比べる繋は呟く。

 一言呟いた後、軽く手を振って時計を消すと今度は手のひらを下にして、


「──『壁に耳あり、障子に目ありハイド&シーフ』」


 魔法を使用する。

 繋が魔法を発動した瞬間、淡く光を帯びた二つの小さな光が目の前の絨毯の上に現れた。

 突如現れた二つの光は対になるようにシンクロしながら弧を描き、線となって直径一メートルほどの円を構築し始める。光が描く線は高速とは言わないまでも目が離せないほどの速さで動き、素早く円を描き終わると今度は円の内側に様々な線を刻んでいく。

 刻まれていく線は太い線であったり細い線であったりと本当に様々な線が入り乱れ、ただの線だったものは徐々に模様へ姿を変えていった。

 三角、丸、四角。ひし形であったり、ペンタグラムであったり。文字なのかどうか分からない、何かの紋様であったりと。


 それほど時間をかけることなく出来上がっていくそれは、幾何学模様を何重にも幾重にも重ね複雑に絡み合い美しいと言葉がこぼれてしまうほどに高度な魔法陣だった。

 ものの数十秒。

 三十秒もかかることなく魔法陣が完全に展開し終わった。

 完成された魔法陣はやはり息を吐くことも忘れるほどに美しく、専門家が見れば目を極限まで見開き魂を失うほどに複雑である。もしくは、狂気を発症してしまうほど興奮するくらいだろうか。


 淡くぼんやりと光っていた魔法陣は完成した途端に眩しいほど強く鮮やかな青色に輝き煌めきだし、ぐるぐると回りながら浮きあがり始めた。

 その光景はこれ以上ないほどに綺麗なもので、見入る光景から魅入る光景と変化したと言ってもいい。

 万人の目が惹かれるほどに美しい魔法陣の下から、十二の小さな足が見え始めた。子供と言うにはいささか小さい足である。

 魔法陣は回転を止めることなく繋の目線の高さくらいまで浮き上がると、その場に六つの人影を残して空気中に散っていくように消えた。例えるなら、桜の花びらが散っていくように。


 そうして現れた六つの人影。

 それらは、身長三十センチほどの小人だった。

 現れた六人の小人たちは落ち着いた深緑色の服と先端がとんがっている見事なまでの三角帽子を目深にかぶっており、唯一見える三日月型の大きな口は悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 そんな六人の小人が、三人ずつ横二列で立っていた。

 まるで、体育の授業のように。

 繋は現れた小人たち一人一人に目線を向けた後、膝に手を置いておもむろにソファから立ち上がると思い出したかのように近くに置いてあったスリッパを履いて部屋の出入り口へと足を向けた。


 背後ではアヒルの子供のように一列となった小人が付き従っており、なんとも微笑ましい光景である。歩くたびに小人たちの三角帽子が揺れる様子も、その微笑ましいと思える光景に一役買っていると言えよう。

 小人たちを引き連れ部屋の出入り口まで移動し、部屋と廊下を隔てる重厚な扉へと手をかけると内側に開いた。その重厚感な見た目と相反して扉は異音を立てることなくスムーズに開く。


 繋は廊下に出ようと一歩足を踏み出したその瞬間、扉のすぐ横からさっきまでなかったはずの人の気配が人の姿が唐突に現れた。

 唐突に突如に、現れた。何もない空間から生命が生まれるかのように。




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