第17話 二柱

 はたから見れば、繋の見せたこの行動はなんともかんとも首を傾げるような行動だろう。だが、そもそもの前提としてこの場は通常からかけ離れた場所である。

 故に繋が大きな声を上げた瞬間、


 ──お呼びでしょうか、四ツ辻繋様


 黒色の文字が何もない空間に当たり前のような自然さで現れた。

 ノベルゲームやギャルゲー、乙女ゲーのようにウィンドウが出現しそこに文字が出るようなものではなく、完全に文字だけが浮いている。

「相変わらず文字だけの登場か。少しは姿を現せよ。俺は一度もお前の顔や姿どころか影さえ見たことがないんだが。ああ、あと声もか」


 ──そうは言いましても、作者と言うものは姿を見せないものですよ


 さっきまで浮かんでいた文字が溶けていくように消えていき、繋への返答として新たな文字が浮かぶ。


「なら声ぐらいは出せ。文字だけだと目が疲れる」


 ──姿と言うものは、正体と言うものは声も含めてのことなのです

 ──さて、用件はなんでしょうか


「あ~まぁ、いい。いつものように、いつものごとく物言いだ。釘をさしに来たといってもいい。いや、打ち込みに、か」


 ──それでしたら

 ──すでに私の背中はハリネズミのような釘の林になっております

 ──もしくは、釘バットのよう、でしょうか

 ──私としましては、釘バットのようなという表現が個神的に好きなのですが


「聞いてないし、うるせぇよ。それに、それほど打ち込んでもまだ足りないし、言わなかったら言わなかったで色々しでかすだろうが、お前は。そもそも、俺からの信用があると思っているのか?」


 繋はジトッとした目線を文字へと向ける。

 その目は、完全に心の底からまったくもって信用していない目だ。


 ──はて、これ以上ないほどに信用していただけているものだと思っておりますが

 ──違うのですか?


 ただただ文字だけがそこにあり顔や姿は見えないのだが、どうしてか不思議そうな表情を浮かべて首を傾げるイメージが浮かんできてしまう。


「そんなわけねぇだろ、おい!」


 ぐしゃぐしゃと片手で寝ぐせがひどい頭を掻いてさらにぐちゃぐちゃに乱し、感情を隠すことなくダイレクトに表情へとあらわにする。


「何度も言っていることだが、俺が異世界でやっていることを物語にするのはいい。娯楽にするのはいい。いや、物語にしないならしない方が俺的にはいいが、お前の存在理由上それができないことは知っているからそこは目をつぶろう」


 そこで繋は一旦言葉を区切り、息を吐く。


「だが、あの余計なほどに物語性を帯びた脚色、異常なほどの過剰演出はやめろ。創作物は現実じゃないことは重々承知で理解しているが、それでも事実からかなり逸脱するように作るのは、やめろ」


 感情を抑え気味にしているのもかかわらず、それでもいくらか言葉の節々に強い意志が込められていた。嫌そうな感情がそこかしこに。


 ──ええ、重々承知しております

 ──何度も聞いた言葉ですから

 ──しかし、読者が求めるものを書くのが私の役目ですので


「だからって、あれはないだろ!」


 繋は返ってきた文字へ噛みつくように言葉をかぶせる。


「俺は背景に満開の花が咲き乱れそうな、周囲にキラキラと星が光が舞うようなキャラじゃない。どこのイケメンリア充だよ! どこの少女漫画に出てくる王子様だ! 晩飯を何にするか考えてたってのに、物語の中じゃ崇高な目的で動いていたように描写しているのも全身の神経がかゆくて落ち着かない! 脳に神経があるか知らないが、かゆくてかゆくて仕方がないんだよ! それでも書くのを許してんだ、守らねぇと出演拒否つーか肖像権の侵害で俺のことを書く許可を撤回して拒否し訴えてやるぞ!」


 口にしながら該当している創作物を思い出しているのか、心底嫌そうな顔をして必死な声で繋は抗議する。抗議しているのだが、相手を認識する手段はいまだに文字だけしかないため手ごたえも何もありはしない。


 ──仕方がありませんね


「いや、それはこっちの台詞だ」


 ──分かりました、できる限り自重いたしましょう


「できる限りじゃなく、最大限自重しろ」


 ──では、最大限考慮いたします

 ──ただ、こちらからも一言よいでしょうか?


「ああ、なんだ?」


 と、聞き返してはいるものの何を言われるのか分かっているようで、どこか黒歴史を聞かされることを覚悟しているように見えた。苦々しいのか、恥ずかしいのか、いろいろな感情がないまぜになっているような顔である。


 ──以前も言いましたが

 ──おおよそ一ページにも満たないような行動はやめていただけますでしょうか

 ──具体的に言えば

 ──異世界に呼ばれた瞬間に一瞬で元凶である魔王の元へ赴き

 ──本当に一瞬で首を刎ねる様なことです


「あれは、大学受験当日の朝にどこぞの駄女神が空気を読まずに呼びだしたからだ。だから、俺は悪くない」


 後ろで優雅に紅茶を飲みながら二人のやり取りを見ているエアリエルが、不思議そうに首を傾けた。


 ──ですが目を逸らすということは、なにかやましい事でも?


 悪くない、と繋は口にしてはいるのだが、実際のところ何か思うところが無いわけでもないようで現れていく文字から目を逸らす。

 逸らしているが、その逸らした視線に入るように文字は移動している。それでも繋は首ごと目線を逸らし、文字はさらにその動きに合わせて付いていく。

 ちょっとしたいたちごっこだ。

 それでも終わりは来るもので、観念したのか繋は顔を正面へ戻す。


「いや、まぁ、後々落ち着いて考えればあの行動はカタルシスも何もあったもんじゃないだろうとは思ったが、それでも受験当日に呼び出す方が悪いだろ。どんなやり方でも、問題はしっかりと解決したし文句を言われる筋合いはない」


 そう言って、


「あと、俺はお前らに協力してはいるが、別に配下になったつもりはないからな」


 真剣な表情で言い切った。


 ──ええ、そうですね

 ──ええ、そうでしたそうでした

 ──その点はこちらの落ち度でございましたね


「そこは徹底的に言い聞かせておいてほしいところだ。そのことを理解していない神や女神たちが少なくない。つか、多すぎる」

「ん~それは耳が痛いかな。私からも言っておくよ。聞くかどうかは知らないけど。神は基本的にわがままで自由だからね。だから、勘弁してね」


 苦言を口にした繋に、苦笑を浮かべたエアリエルが後ろから口をはさむ。この話が繋の言葉が大切なことだからか、また雰囲気が大人びていた。


「ああ、よ~く知っているからそれでいいが本当に頼むぞ。とりあえず言いたいことは言い終わったから、今度こそ俺は戻る」


 そんなエアリエルの言葉に、繋は真剣な表情を浮かべ念を押す。


 ──それでは、今回も心より期待しております


 文字はそこで一旦落ち着き、最後の一文を表示させた。


 ──良い異世界ライフを


 空中に浮かぶ創作神のそんな文字を一瞥した繋は、嫌そうな顔をしながらぺチンと裸足で床を打ち均す。

 なんとも渇いた音を鳴らした直後、足元に繋を中心とした黒い円が急速に広がった。

 この空間を侵食するように広がった黒い円は、この世にあるすべての色が混ざり折り重なったような深い黒色をしている。

 どこまでも落ちていきそうなほどの黒。

 そんな円がおおよそ人一人分ほど入るほどに広がると、動きが止まりその中へと繋は沈み始めた。


 ゆっくりと体が円の中へと沈み込み、頭の先まで沈み終わると今度は中心へ集まるようにして黒い円が急激に収束する。

 渦を描いて収束していった円は、その場に染み一つ残すことなく消え去った。


「はぁ。あんまり繋の機嫌を損ねるようなことを口にしないでほしいんだけどね、シュテラー」


 この場から繋が居なくなったことを確認したエアリエルは口を付けていたカップをテーブルに置き、ソファに仰向けで寝転ぶと文字に向かって苦言を呈す。


 ──それはそれは、まことに申し訳ありません

 ──ただ、信念と言うものがあるもので


「それでもよ。繋は本当に貴重な存在なのよ。あと、いいかげん姿を現しなさい。どれだけの間、姿を見せないつもりなの」


 ──こればかりは私の性分ですから

 ──それに

 ──あなたもまた、読者の一人ですので


 創作神シュテラーが表示させた文字に、エアリエルは少々渋い顔を浮かべる。

 その表情を見る限りまだ言い足りないと言った様子がうかがえるのだが、どうやらこれ以上言っても無駄だと判断したようでエアリエルは諦めたかのようにため息をついた後そっと目を閉じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る