第16話 裏
「しかし、再召喚システムか。俺が関わるのはあの事件以来だな……」
ビスケットを数枚ほど重ね口の中に放り込み、種類の多いマカロンを一通り咀嚼して水分を奪われ渇水状態になった口の中を紅茶と言う名の砂糖水で軽く潤すと、繋は唐突に呟いた。しみじみと、過去を思い出すように呟いた。
ふぅ、と吐息を吐いて口から離したカップの表面に揺らぐ紅茶の小さな波を覗き込むような様子を見せる繋ではあったが、その目はそこにはない何かを映している。
表情も表情で名状しがたく、それでも例えるなら正も負も何もかもがないまぜになった無表情だと言えばいいだろう。
そうなるほどに、こぼしたその言葉には意味がある。重みがある。想いがある。
ふと漏らした繋のその呟きを耳にしたエアリエルは、
「うんうん、あれは今思い返しても嫌な事件だったねぇ」
首を縦に振って呟きに心から同調した。
『再召喚システム』
これは知っての通り、前述した通り、勇者召喚魔法にて異世界に召喚された勇者──つまるところ異世界人を勇者送還魔法で元の世界に送還することをトリガーとして新たな勇者を召喚するシステム。
実のところこのシステムは、今回繋が送り込まれた異世界『ヴェルト』だけに存在するシステムでもなければ、システムを一から構築し開発し制作したのはヴェルトに召喚されたかつての勇者たちでもない。
このシステムを製作したのは、繋が所属している機関『異世界機関』である──と言っても、機関は最初からこのシステムを開発しようとしていたのではなく、完全に偶然生み出された副産物のおまけでしかない。
事の始まりは、新型召喚魔法の開発である。
無尽蔵に無秩序に無遠慮に自分たちのいる地球から異世界へと誘拐──召喚される状況を打開するため、機関は使用条件を組み込んだ召喚魔法を開発し、それぞれの異世界を管理している神様が与えた召喚魔法の上書きを目的としたプロジェクトを立ち上げた。
開発当初、失敗に次ぐ失敗により魔法の開発自体がそもそも不可能であるのかと思われていた。
しかし、ある時とある人物が別の計画として製作されていた送還魔法と召喚魔法を遊び半分で組み合わせてみた結果、エネルギー効率が劇的に改善され召喚魔法に新たな術式を組み込むためのリソースが生じ最終的に計画は大成功となった。
紆余曲折の後、機関は当初の計画通り異世界に存在する召喚魔法をこの再召喚システムへと上書きしていった。
既存の召喚魔法を改良するという名目で。
おかげで、異世界へ召喚──誘拐──される人間の数は大幅に減ることになった。
その点を見れば、これ以上ないほどにプロジェクトは大成功中の大成功だと言ってしかるべきである。
ただこのシステムには、開発者たちの意図しない穴が存在した。
穴、というよりも裏技と言った方がいいかもしれない。
再度、このシステムを本当にかいつまんで本質だけ抜き出すと『召喚した勇者を送還する』『送還した勇者の代わりの勇者を新たに召喚する』になる。
実はそこに、勇者の生死についての記述は、明記は一切──ない。
システムの保護も、データを保護するプロテクトも設定されていなかった。
デッド・オア・アライブ。
つまり、生死を問わずと言うことだ。
この事を含めて再召喚システムの運用方法を考えてみれば、非情にひどく不快で胸糞が悪くなるほど不愉快で始末の悪い運用方法が思い浮かぶだろう。反吐が出るくらいに、吐き気を催すほどに邪悪で外道な運用方法が。
それは、とある異世界のとある国で起きた出来事だった。
呼び出される異世界によって程度はあるが、基本的に召喚される勇者は基礎能力が高く召喚した瞬間から運用可能である。
ほとんど戦い方を知らないと言う欠点はあるが、それでもステータス的に見れば戦力として十全の存在であることに間違いはない。
矛としても、盾としても。
それ故に召喚された勇者は帰還を餌に無理やり前線へ投入され──
終わりのない戦いによって結果的に遺体となった勇者を回収し──
持ち帰った遺体を再召喚システムで送還することで新鮮な勇者と取り換え──
そうして新たに召喚した勇者に対し、これまた帰還を餌に希望の無い前線へと有無を言わさず送り込む。
永久機関、ではないが確定的なループが構築されてしまった。
すべて、私利私欲のために。
私利私欲でしかない戦争のために。
戦い方を知らないと言っても、必死になれば何かしらの戦果を生むことはできる。さらに言えば、どうなろうと最終的に遺体と言う結果さえ残せればいい。
もちろんいくらエネルギー効率がいいと言えど、システムの稼働には当たり前ながらそれなりのエネルギーが、異世界的に言えば大量の魔力が必要だ。
だがそれは事前に魔力タンクとして魔法使い及び魔力を持った人間を大量と言えるほど大量に用意し、その全員が持つ魔力を限界まで搾り取ってしまえば何度も何度も使用することが可能である程度のことである。
それこそ、勇者が持つ大量の魔力を死ぬまで搾り取って使用してもいい。
生かさず殺さず搾り取ればいい。
エネルギー効率の良さが仇になっていたのである。
もし、エネルギー効率がこの世界にあった召喚魔法の時のように悪ければ、こんな暴挙を思いつかなかったかもしれない。そもそも、再召喚システムが無ければ起こらなかったかもしれない。
いや、どちらにしろこんなことを考え付き実行する連中は、魔力タンクとなる人間を大漁に確保し、使用できる魔力量を増やして召喚魔法を連続使用し同じ結果を引き起こしただろう。
だが、どこにどんな要因があったとしても、どれだけ条件が揃っていたとしても、顔色を変えることなく平気で人を使い潰すことができる人間の思考なんて分かるはずもなければ分かりたくもないことだ。
「まったく、大事な候補者たちを湯水のように使い捨てるなんて。私たちでも絶対やらないのに」
「ああ、お前らは俺たちのように使い回すんだろ。ブラック企業のように──いや、ブラック企業以上に、か」
繋は白い目を向ける。
「フシューフシュー ひゅー」
「吹けない口笛を吹こうとするな。その方法でごまかすのなら、ちゃんと吹けるようになってからしろ。あと、最後は完全に口で言ってんじゃねぇか!」
エアリエルは繋が都合の悪いことを口にした瞬間、そっぽを向いて唇を突きだして口笛を吹こうとしていた。していたのだが、その口からは欠片も音が出てくることなくエアリエルは最終手段として自分の口で音を出し、繋はそんなエアリエルに間髪入れずツッコミを入れる。
するとエアリエルは耳を塞いでそっぽを向き「あーあーあー」と見た目通りの子供がするように何も聞こえていないふりをみせた。
「はぁ、まぁいい。あの時は国を亡ぼすのは簡単だったが、王族を一人残らず殺しつくすのには苦労したよな。ゴキブリのようにしぶとく逃げ隠れして、予想以上に時間がかかって面倒くさかった。あいつらというか、なんであの手の権力者は逃げることと隠れることに関しては異様に上手いんだか」
「逃げる隠れるは権力者のデフォスキルだからね。あと、保身も」
「ああ、知っている。嫌というほどにな」
何度目かのため息をつき、カップに紅茶を注ぐ。
カップの底では最後まで溶け残っていた砂糖が粉雪のように躍り、くるくるとカップ内を回るティースプーンによってその勢いは一定方向へと流れ、最後には雪のようにすべて溶けて消えていく。
カップの中で広がる一連の光景を眺めていた繋はふっと険しかった表情を解くと、紅茶を一気に飲み干した。飲み下して空になったカップをソーサーへと戻し、ゆっくりと立ち上がる。
「とりあえず、機関の魔術班と技術班。あとは管理課に報告して、終わった後に修正に行かせる必要があるか。まぁ、それは俺の管轄じゃないから報告だけして全部丸投げでいいな。それじゃ、俺はあっちに戻る」
「はいは~い、いってらっしゃい」
「へーへー、いってきますよ。ただ、その前に。おい、創作神! いるんだろ!」
腰を伸ばしつつエアリエルに声をかけると、唐突に視線を誰も居ない何もない空間へ向けて大きな声を上げた。
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