第15話 評価

 本題に入ったとたん、エアリエルが話し始めたとたん、二人の間には先ほどまでのぐだぐだしていたゆるい空気はどこかへ行ってしまい、いまはピリッと引き締まった雰囲気が満ちていた。

 さらに言えば、繋と面と向かって説明しだしたエアリエルはさっきまでの子供っぽい雰囲気は霧散しており、とてつもなく大人びてみえる。例えるなら、優秀な女秘書のような感じだ。


「ああ、やっぱ今回の召喚は新人発掘だったか」

「はい。ですので、彼ら彼女らに対して最低限の監視をお願いします」

「報酬は?」


 ギラリ、と繋は強い視線を見せた。

 その視線に気が付いている様子のエアリエルは、安心させるかのように笑みを浮かべる。


「いつもの通り、真心ちゃんのスキル権でよろしかったですか?」

「それでいい。んで、今回の世界での注意事項とか要望はあるか?」


 確認のため繋は聞く。


「そうですね。今回もこれと言って注意事項はありません。いつものように常識的な範囲での行動をしていただければ特に言うことはないです。四人に手助け程度のフォローをしてもらえれば、自由に行動してもらって構いませんね。ただ、候補者を死なせないほどの自由行動でお願いします」

「つまり、今回もいつも通りにいつも通りか」

「はい、そうなりますね」

「了解」


 二人のやり取りは短く淡々としているものの、だからと言って話の内容が薄いという訳ではない。

 こう言ったやり取りはすでに二人の間で幾度となく繰り返され、無駄に長く話すまでもないということだ。


「ああ、そうだ」


 繋は思い出したかのように声を上げる。


「あの四人の中に真琴の友人かもしれない奴が一人混じっているようだから、確認次第じゃ俺の一存で選定対象外にするぞ。異論はないな」

「ええ、それは繋さんの権利ですので問題ありません」

「ならいい。話はこれで以上か?」

「はい、以上になります」


 すべき話はあっさりと終わり、繋は息を吐いて背もたれに体重を預ける。

 二人の話しが終わると同時に、二つのソファの間に材質の見当もつかない真っ白なテーブルが出現していた。

 ソファのときと同じく唐突に突如に現れたテーブルの上には二人分のティーカップがそれぞれの目の前に置かれており、そこから優雅に立ち上る紅茶の湯気がほっとする香りを振りまいている。


 他にも上品なデザインのポットと、丸っこい形をしたシュガーポット。

 それに焼き立てのクッキーやビスケット。それに加えてスコーンやジャムも並び、完全にお茶会と言った風景が広がっていた。

 エアリエルはまるで大貴族かと言わんばかりに見惚れるほど優雅な動作で目の前のカップとソーサーを手に取り口元へ持っていくと一口紅茶を口に含み、非常に満足そうに吐息を吐く。

 繋も体を起こしカップを手に取ると口に持っていくも、すぐに飲もうとはせず息を吐いて冷ましてから口を付ける。


「あ、そうそう。これは注意事項ってわけじゃないんだけど、できるだけ召喚した王国を潰さないでね。ただそれでも、どうしてもってときは、最悪比較的ましな王族の数人だけを残しておく方向でお願い」


 紅茶を飲み一息ついたエアリエルは、さも今思い付きましたとばかりに話しかけた。


「あ~」


 話しかけられた繋は一瞬動きを止め声を漏らすと、カップを置いて口を開く。


「あいつらが手の施しようのない馬鹿なことをしでかした場合は知らないが、そうじゃなければ手を出す気はない。つか、国を殲滅することを前提として話しをするな。俺はそこまで危険な存在じゃない」

「でも、ほら。今回は再召喚システムが組み込まれていたでしょ。それなら、繋には前例があるし」

「あの前例は特例も特例で、どこまでいっても例外だっただろ。あそこまでの悪用方法を思いつくクズは多重世界でも並列世界でも外宇宙でもそれ以外のあらゆる世界でもそうはいねぇし、そう何人もいてたまるか」


 繋は吐き捨てるように口にする。

 心の底から嫌そうに吐き捨てるその言葉の中には、個人的な願望や希望的観測と言った思いが込められているように聞こえた。


「まぁ、あれは私たちもドン引きだったからね。あんなことが今回も起きるとしたら、その時は繋に頼むことになるかな。でも、繋が本気で嫌なら今度はこっちで動くよ。けどその場合、私たちの誰が行くかによって世界が滅びるかどうかが決まってくるから、できれば頼まれて欲しいかな」

「それはお前らが手加減ってもんを知らなさすぎるだけだろ。無駄に生きてんだからいい加減覚えろよ。いや、存在しているなら、か。まぁ、どっちでもいい。

 とりあえず、見たかぎりあそこの王はそんなことを考えそうにないから大丈夫だろ。そもそも、今の時点では確実に確定的に片方は封印されているようだしな」


 過去を思い出しているのか遠い目をする繋はカップを手に取って口に近づけると、悪い夢とばかりに飲み下す。だがそれでも悪夢の爪痕は深く残っているようで、苦い顔はそのままだ。

 しかしながら繋がティーカップで紅茶を飲む姿は、どこか違和感が果てしない。その違和感の正体は、繋が着ている作務衣とティーカップのミスマッチさに尽きる。


 和装の作務衣と洋食器のティーカップ。

 和洋折衷と言う言葉があるが、これはまったくもって似合わない。似合わないの果てにある組み合わせだと言えるだろう。もしこれが急須と湯飲みであったかい緑茶を飲んでいたらなら、これ以上なく作務衣に合っている。ベストマッチである。


「それより、四人の第一印象はどう? 使えそうかな?」


 どこか意識がよそへ向いている繋の様子に気が付いているのか、はたまた本当にそのことが気になったのかエアリエルは話を変えた。その顔は興味深そうでなんともワクワクとした見た目通りの子供然とした様子で、そこから鑑みるにおそらくは後者の理由だろう。

 エアリエルのそんな表情を目にした繋は苦い顔から苦笑へと変わり話し始める。


「そうだな。まずあの男子二人は、この時点ですでに無い」


 開口一番、繋はあっさりとしたさっぱりとした口調で真っ先に否定した。

 そこには少しの戸惑いもなく、当たり前のことを当たり前に口にするかのようだ。


「まず金髪の方は、勇者の立場を利用して強制的なナンパをしたり、他人の彼女や婚約者を奪ってハーレムを作りそうなタイプだ。以前にもこういう奴はやたらめったら多かったからすぐに見分けがつく。胸糞悪いタイプだ」


 そう言い切る繋の目は笑っていない。


「んで、もう一人の方は、異世界に浮かれて確実に何かやばいことをやらかすだろうと断言できる。これまた、こいつのようなタイプはこれまた毎回よくいるから確信を持って言えるな。どちらも俺たちの機関には不要で、そっちとしても使いづらいだろ。理性のタガが外れるだろう存在は」

「む~この時点でもう半分が失格か。完璧に失敗したかな。しっかりと介入してちゃんと選べばよかった」


 渋い顔を浮かべて唸る。


「だから以前から言っていただろうが」

「知らないよ、そんなことは。

 それで、残りの二人は?」


 エアリエルの態度に、呆れた視線を向ける繋は気を取り直して話を続ける。


「女子二人のうち一人はさっき言った通りに俺が却下する可能性が高いとして、あのおさげの子は要観察だな」

「──へぇ、繋はああいう子が好みなんだ。レンちゃん、かわいそうに。でも、だったら他の子にチャンスがあるってことね」


 ふと口にしたであろう繋の言葉を聞いたエアリエルは、からかいどころを見つけたとばかりに誰が見ても分かるほどニヤつきはじめた。

 だがそんな表情を浮かべたエアリエルに繋はなんのリアクションをとることなく、白い目を向けるだけである。


「アホか、茶化すな茶々を入れるな。あのおさげの子はいざという時に覚悟を決めることができそうだから期待値が高いって意味だ。現に、覚悟を決めた彼女の行動は俺的に評価が高い。第一印象としてはこれ以上ないくらいにな」

「つまり、一人は人員の確保ができそうってことね。よかった、よかった。これで、今回も補充が無かったらなに言われていたか。特にシルフィ。あいつは絶対にネチネチ言ってくるからね」


 エアリエルは本当に嬉しそうな声を上げた。


「まだ分かんねぇよ。あくまでも可能性だ」

「ほらよく言うでしょ、可能性は無限大だって」

「言うからなんだよ。言いたいことと伝えたいことが違っているだろ、絶対」


 無邪気に笑うエアリエルにこれ以上なにを言っても無駄だと判断した繋は、飲み干して空になったティーカップにシュガーポットから砂糖をこれでもかと入れていく。まるで滝のような豪快な勢いで。

 砂糖をカップの半分以上入れると、続けてポットを手に取ってその上からゆっくりと紅茶を注いでいく。カップの中に広がる砂糖の砂漠は貪欲に紅茶を吸い込み、敷き詰められた砂糖全体が紅茶色へと染まる。


 ギリギリまで紅茶を注いだ繋は、淀みなく澱んだカップの中をティースプーンでかき混ぜ始めた。

 当然と言えば当然だが、カップの中ではかなりの量の砂糖が溶け残り、鈍足ではあるがくるくるとカップの中を回っている。

 それでもかまわず口に持っていく繋は上澄みだけを口に含んで飲み下し、さらにはお茶請けとして置かれている砂糖がふんだんに使われたビスケットへ手を伸ばすと何枚か重ねて口へと運んだ。


 なんとも見ているだけで胸やけしそうなほどの糖分摂取量だが、繋が今日一日分の疲れを緩和させるために摂取する糖分としてはもう少し足りないだろう。

 それを分かっているのか、さらにポットから紅茶を注ぎビスケットといつの間にか置かれていたカラフルなマカロンに手を伸ばす。



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