第9話 指輪

「「はい」」


 勿体ぶるように言い放った王の言葉のすぐあと、待っていましたとばかりに厳かな返事を口にする二人の魔法師が動き出した。

 高級感あふれる木目の美しい箱を両手で大切そうに持った痩せ型で顔が整った男と、その男に付き添うように隣を歩くスラッとしたクールで綺麗な女の二人組。


 二人は魔法師たちの列から離れ五人の前、正確には一番近くに立っていた大地の前で立ち止まった。

 唐突に目の前で立ち止まった二人から一歩後ずさり警戒する動きを見せる大地は、反射的に王女へ不安げな視線を向ける。その助けを求める視線はしっかりと届いたようで、王女はにっこりと安心するよう笑顔を返す。

 帰ってきた王女からの笑顔に大地は安心したように軽く息を吐くと、目の前の二人へと全身を向けた。


 大地の精神状態が整うのを待っていたのか目の前に立った二人は自身に意識が向けられたことを確認すると、まるでかしずくように膝をつき女が男の持つ箱の上部に手をかけてゆっくりと開く。

 開いた箱の中には五つの、人数分の指輪が入っていた。

 銀の台座の中心に楕円形の深く澄んだ緑色の小さな宝石がはめられた、綺麗で高価そうな指輪である。全体的に小さめの指輪だがその小ささに反して非常に存在感が濃く、自然と目が惹かれてしまう。

 箱を開けた女は白い手袋をローブの中から取り出し自身の両手につけると、指輪を一つ取り出すと大地に向かって片手を伸ばした女は、


「右手を」


 そう、優しい笑顔を浮かべて声をかけた。


「えっと、こうですか?」

「はい、ありがとうございます」


 指示された言葉に従った大地は右手を差し出すと女は恭しくそっと手に取り、軽く伸ばされている人差し指に指輪をさしこんだ。

 さしこまれた指輪はどうやら大きめに作られているらしく、指輪を持っている女が手を離せばスルリと抜け落ちてしまうだろう。


「【アジャスト】」


 だが、それは欠陥と言う訳ではなく仕様のようで、女は続けて指輪の位置を調整すると一言呪文を呟いた。

 短い呪文ではあったが、それは確かに呪文である。

 女がそうして呪文を呟いた直後、口にした呪文に応じて指輪が淡く光りはじめると同時にリング部分が自らのサイズを決めるかのようにゆっくりと締まりだした。質量保存の法則がどうとか、エネルギー保存の法則がどうとかなどと言った科学的見地を軽く無視した動きである。

 機械的ではなく、見るからに魔法的。


 大地はほんの数十センチ先で巻き起こっている常識はずれな光景を目の当たりにしひどく驚いた表情を浮かべ、いつの間にか大きく開いていた口からは言葉どころかわずかなううめき声も出ない。

 そうしてリングが徐々に締まっていく動きはほんの五秒ほどで止まり、それと同時に指輪の光も収まった。


 動きと光が収まると女は大地の人差し指にはめられた指輪を軽く触りめったなことでは外れないことを確かめた後、男と共にスッと立ち上がって一歩下がると一礼し今度は一人分離れて立っている琴の前へと移動を始めた。

 一連の流れを横から目の当たりにした三人はこれでもかと目を見開き、見るからに驚きの表情で同じようにぽかんと口を開けている。


 当人である大地は二人が目の前から移動すると右手を恐る恐る視線の高さまで上げ、きっちりはまっている指輪に触れつついろいろな角度で眺めだした。

 口元が緩み目を輝かせて感動しているような大地の横で、魔法師二人は流れるように残りの三人にも同じように指輪をはめていく。


 どこか申し訳なさそうにしながらも、自分の目の前で起こる光景を実に興味深そうに注視する琴。

 まるでアトラクションに乗っているかのように楽しそうな様子を見せる猫。

 そしてにやけ具合を隠そうとしているも、まったくもって隠せていない戌亥に指輪が装着される。


 高校生組が終了し最後の最後で青年の番になったのだが、青年の前に立った女は少しも隠そうともせず分かりやすいほどに分からせるように、嫌々だと理解できる表情を浮かべていた。男の方も同様に。

 そしてそれは表情だけではなく態度にも現れていた。


 二人は四人のときのようにうやうやしく膝を付こうとせず、仁王立ちのように憮然と立ったまま苛立っている動作で青年に手を出すことを無言で要求する。

 青年が苦笑を浮かべつつ右手を前に出すと、女は雑な手つきで青年の手を取り人差し指に乱暴な動きで指輪をはめ込むと、これまた雑に投げやりに呪文を呟く。

 投げやりではなく、吐き捨てるようにと言った方が正かもしれない。


 終始ひどく雑で、嫌そうで。一秒でも長く青年の前に居たくないとばかりに手短に終わらせた女は、男と共に夜逃げするような速さで先ほどまで立っていた元の場所へと戻っていった。

 はたから見ても分かってしまうほどにあきらかなる嫌悪感を現す女と男の態度に青年は気分を害したかと思えばまったくそんなことはなく、やはりただただ飄々とした態度を見せている。


「貴殿らに配ったそれは〔ステータスの指輪〕と言ってな。それを身に着けて【ステータス】と唱えれば、装着者は自身のステータスを確認できる魔道具である」

「このように【ステータス】」


 五人全員に指輪がはめられたことを確認した王は、両手を大きく開いてどうだすごいだろと言わんばかりに自慢げな様子で指輪の説明をし始めた。横では王女が手袋を外した右手を前に出し、同じ指輪をはめて実演して見せる。

 王女が発動キーを唱えると、王女の目の前にノートほどの大きさで薄緑色をした半透明のパネルが唐突に現れた。


 一見すればそれは何も書かれていないパネルではあるが、王の言葉からして装着者である王女には自身のステータスが見えていのだろう。

 さらに続けて王女が【クローズ】と口にすると、パネルが消える。

 一通りの動きを見せた王女はこれにて実演は終わりだとばかりに指輪を外し、手袋をつけなおす。


 先ほどの指輪のサイズを調整した魔法以上に魔法らしい光景を見た高校生たちはキラキラと目を輝かせ、誰に言われたわけでもなく思い思いのポーズをとり緊張しつつ楽しそうに発動キーを口にしていく。


「「「「【ステータス】!」」」」


 それぞれが唱えた瞬間、各々の前に薄緑色のパネルが展開される。

 本当に発動したことに感動しているのか、四人は興奮に満ち溢れるような笑顔を浮かべていた。なんともいい笑顔を浮かべる少年少女たちは、すぐさま夢中になってパネルに目を通していく。

 ただそんな中、青年だけは特にこれと言った表情の変化を見せることなく、我先にと行動を起こした四人のように動くことなく、あくびを一つつきながらはめられている指輪を眺めていた。

 だがそのまま何もしなかったわけではなく、四人に遅れて右手を前に出し、


「あ~【ステータス】」


 どこか面倒そうに口にする。

 青年が見せたその様子は、当たり前のことを当たり前のように行使するような雰囲気がにじみ出ているのだが、誰も気が付いた様子はない。

 ただおっくうそうな無感動を見せる青年とは違い、少年少女たちは自身の前に現れたパネルに表示されているステータスを一つ一つ確認しながら無意識なのか独り言をこぼして一喜一憂していた。

 実際にはそれぞれの独り言からして一喜一憂と言う割合ではなく、二喜一憂か三喜一憂と言った割合だろうか。もしくは一喜零憂と言えるほど、なんとも楽しげな様子を見せている。


 そうして口から漏れ聞こえる声からして、大地はどうやら剣をメインに戦うスタンダードな勇者タイプ。反対に戌亥は魔法系らしく、多彩な魔法を使用する賢者タイプと言ったところだろう。

 続いて琴だが、回復特化の聖女タイプらしくどこかほっとした表情を浮かべている。最後に猫だが、スピード特化でタイプとしては斥候やシーフ系統だろうか。

 四人が四人ともタイプが違い、なんともバランスがとれている。これで青年が盾を使うタンク職系のステータスならば、さらに盤石と言っていいだろう。

 しかし楽しそうにはしゃぐ四人の横で青年は表示されたパネルに目を向けつつ、おもむろに腰を下ろした。


 手をついて座り込む青年は自然な動作で胡坐をかいて悩ましげに肘をつき、少々難しい表情を浮かべて自身のパネルを眺める。いや、その目は少々鋭くにらみつけていると言ったほうがいい。

 さっきまでとは全く違う表情の険しさとおもむろに見せる大きな動作に、初心者を見守るインストラクターのような空気を醸し出していた王女はすぐに変化した様子に気が付き青年へ声をかける。


「ムミョウ様、どうかなさいましたか?」

「あ~いや。この世界のために力を貸す、なんて偉そうなことを先ほど口にしておいてなんだが、どうやら俺は力になれそうもないな、と」

「それは、どういうことでしょうか?」


 首をかしげて見せるその姿は、一枚の絵画に描かれていてもおかしくないほどの光景である。だがそんなことを気にするそぶりを見せることなく青年は頭を掻きつつ、困った様子で口を開いた。


「ん~口で説明するより、俺のステータスを見てもらった方が話は早いんだが。そう言ったシステムはあるか?」

「でしたら【ステータス・オープン】唱えてみてください」

「なるほど。なら【ステータス・オープン】」


 言われるがままに、青年は追加で発動キーを口にする。

 すると青年のパネルに変化が生じ、じんわりと文字が浮かび上がり始めた。



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 それは、ステータスと呼ぶにはあまりにも無意味と言っていいものだった。

 そもそも、これがステータスなのかもあやしい。

 あやしい以前に、確定的に確実的にステータスではない何かである。

 いや、何かと言うことさえも、おこがましかった。



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