第10話 落第
「これ、は?」
青年のパネルに浮かび上がった黒く塗りつぶされた表示を初めて目にしたのか、王女は困惑した表情を浮かべる。
さらにはいつの間にか玉座に座っていた王の視線も青年のステータスにこれでもかと注がれており、絶句してうめき声さえ上げられないでいた。二人とも釘付けと言っていいほどの視線である。
「たぶん、おそらく、大方、考えうる可能性を最大限考慮し、灰色の脳細胞を用いて名推理し、水平思考しつつ考察するに。
どうやら俺の召喚自体がもともとイレギュラーだったか、もしくは俺がそちらで言うところの勇者たりえなかったのか──あるいは魔法が封印されたことによる何かの障害や弊害が俺だけに起こっただろうと仮説が立てられる。
はたまた、ただたんに、単純に。根本的でシンプルな問題として、俺の身体能力自体が俺と言う人間としての価値が最低表示値以下の小数点以下で測定不可能だったと言う可能性も捨てきれない可能性が多々存在する。
まったくもって、この否定したい仮定を否定しきれないほどの可能性を俺がひしひしと感じている時点で、自分のことながらまっことに情けない。あくびが出るほどに、泣けてくるほどに、情けないったりゃありゃしない」
そのためなのか、青年が肩をすくめて自虐的に自嘲気味に語っている言葉は何一つ耳に入っている様子が無い。
それはパネルを目にすることができる位置にいる周りも同じようで、青年の言葉を聞いていると言えるのは横に立つ四人くらいなものである。ただ、ちゃんと聞いているかどうかは分からない。
四人も周りに遅れて、青年が表示させているパネルを覗き込む。
しばらくパネルを見ていた四人は、それぞれがそれぞれの反応を見せた。
大地は見下したような視線を向け口の端があざける様に少々吊り上がり、琴は心配そうな表情を、猫は特に変わった様子を見せない。
すぐ横に立っている戌亥はと言えば、青年のステータスを目にしてすぐ何か気になることがあったのか口元に手を当てて考え込みそのままの状態である。
「アリッサ。指輪に使用されている魔鉱石が壊れていたり、加工に不備があったと言うことはないのですか?」
困惑から戻ってきた王女は、すぐさま指輪をはめていった女へ声をかけた。
「いえ、それはございません。用意したすべての指輪は事前に検査しており、その全てが正常に使用できることを確認しております」
「そう、そうなの。ありがとうね」
「もったいなきお言葉」
どうやらこの現象の原因は魔道具の異常だと思ったようだが、尋ねられた女は一歩前へ出るとすぐにそれをきっぱりと否定する。声には一片の淀みはなく、胸を張って自信を持って確信をもって断言していた。それは、自分たちの仕事に誇りを持っている人間の声だ。
そうでなくとも、この世界の状況で今後を左右する重要で重大な魔道具の確認を怠ることはないだろう。細心の注意を払ってもなお、さらなる注意を払うくらいするはずである。
王女はその女を信頼しているのか、女からの返答にそれ以上何も言うことはなく笑顔を向けて礼を口にした。
女の方もそれ以上何も言わず、恭しく頭を下げるとスッと元の位置へと戻る。
元の位置へと戻る際、女は青年の方へチラリ目線をやった。
女の口元がいびつに歪んで嗤っていたのだが、顔を伏せていたためそのことに気が付いたのは向けられた青年本人以外いなかったようだ。
しかしながらその嗤い方は仕掛けが上手くいったというよりも、自業自得だと、ざまぁないなと、嘲笑うようなものであった。つまり、少なくともこの黒い表示は彼女の仕業ではないと言える。
「だとすれば。これは俺と言う人間に初めからなんらかの重大な欠陥があったのか、そもそも失格した人間だったのか。なんにしろかんにしろ、これで名実ともに俺は完全に完璧にこれ以上なく完膚なきまでに戦力外で戦力妨害ということだろう」
息を吐くように嘯く青年は、肩をすくめた。
「こうなってしまったら優秀で有能な俺以外の勇者である四人に頼むしかないし、頼るしかない状況だ。まったくもって心苦しくも残念ながら、力及ばずまことに申し訳ないとしか言いようがない。無能で無力の役立たずなこの俺は、このままこの城でのんびりと魔王討伐の知らせを待っていることしかできそうもないということになってしまった
ただ、さすがに一国の主である王が勝手に身勝手に自分勝手に異世界へと強制的に召喚しておいて無能だと無力だと無価値だと分かった瞬間にあっさりと外へ放り出す、なんてことはしませんよ、ね?」
「う、うむ。もちろんだとも。魔人王が倒されるまで生活は保障しよう」
青年の無理にでも押し通す強引な笑顔に、少々引きつった表情を浮かべながら王はどもりつつ青年の問いに返答する。
「その言葉を王の口からから聞けて安心した。これで心置きなく、引きこもれる」
心の底から安心したようにため息を漏らす青年に、周りはなんとも言えない嫌な視線を向けていた。
見下すような、あざける様な、侮蔑するような。
百歩譲ったとしても千歩譲ったとしても、どんなに贔屓目に見てもその中には好意的なものなどありはしない。
同情が好意的だと定義すれば別ではあるが──それは、この場に同情する視線があればの話だ。
「ああ、ただそうは言っても何もしないという訳じゃないのであしからず──と言っても役立たずの俺に何ができるか分からないが。それでも、まぁ、そうだな。こんな俺ができるとすれば、役立たずは役立たずらしく、無能は無能らしく、せいぜい死なない程度に逃げ回るくらいか」
悪意的な視線の中でも、青年は態度を変えぬまま苦笑を漏らす。
そして、そんな苦笑を張り付けたまま青年は【クローズ】と口にしてパネルを消すと立ち上がり、背筋を伸ばしながら四人の方へ顔を向けた。
「てなわけで、悪いな。すべて押し付けることになった」
「ああ、分かった。すべて任せてくれ」
「大丈夫ですよ」
「すまんな」
大地が言葉では穏やかに自信たっぷりに答えるも、青年に向ける視線には見下し格下へ向ける高慢な感情が込められている。
琴は少々羨ましそうではあったがもう腹が決まっているため安心させるような笑みを向け、猫は猫で任せろと言わんばかりに胸を張って二カッと気持ちいいくらいに明るく笑い返す。
「じゃあ、役立たずはクールに去るとするさ。このあと何かあってもおそらく聞くだけ無駄だからな」
苦笑を一つこぼした青年は、流れるように王へ顔を向ける。
「てなわけで、王様。俺はどうしたらいいですかね?」
「ふむ、そうだな。この後は今後の予定を説明するだけであるから、そなたには暇でしかない時間となるであろう。ならば、こちらが事前に用意した部屋へと案内させる方がよいか」
王は青年の問いに少々考えたのち、
「シルバ、彼を用意した部屋へ」
良く通る声で、扉のすぐ横に控えている一人の老執事へ声をかけた。
名前を呼ばれた老執事はスッと一歩前に出ると恭しく頭を下げ、絨毯の脇を通り足音一つ立てることなく綺麗な動きで青年の方へ近づいてくる。
その老執事は白髪に白い口髭、さらには右目にモノクルを付けたまさにジェントルマンと言った言葉がこれ以上もなく似合うほどに紳士的な執事であった。
まさに、老執事と言う概念そのものだと言っても過言ではない。
老執事の姿を振り返り確認した青年は、王へ軽く頭を下げその場を後にしようと踵を返して足を動かそうとしたその時、
「ちょっと待ってもらえますか」
どんな原理なのか知らないが、眼鏡のレンズを謎の光で輝かせた戌亥が呼び止めた。
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