第8話 システム

『勇者召喚魔法』及び『勇者送還魔法』


 それは、モンターク王家の血脈に代々受け継がれる由緒正しい二つで一つの血統魔法。

 この二つの魔法は王女も自身で言っている通りにこことは違う別の世界から異世界人を勇者として召喚するための魔法であり、召喚された勇者を元の世界へと送還するための魔法である。

 通常であれば──何を持って通常と定義するか分からないが──別の世界から召喚した勇者を元の世界へ送り返す魔法と言うのは、高確率の割合で異世界に存在していないことが多いだろう。


 なにせ異世界人にとっては自分たちが存在する世界の危機を解決することが先決であり第一であり、召喚した先の世界などその世界の人間からすれば考える暇もなければ意味もないことだからである。

 それ故に、この送還魔法はなんともご都合主義的な産物であると感じてしまわなくもないのだが、実のところ召喚魔法はともかく送還魔法はこの世界に元からあった魔法と言う訳ではない。


 これは、はるか昔にこの世界へと召喚されたかつての勇者たちがもたらした成果である。

 かつてこの世界へと召喚された勇者たち。

 勇者たちは世界を救う傍ら、この世界に以前から存在し自分たちを召喚した召喚魔法及び召喚陣を解析し分析し解読することによって、既存の召喚魔法を改造しつつ自分たちが帰るために送還魔法を作り上げた。

 さらに、改造した召喚魔法と新たに作り出した送還魔法を組み合わせ連結し連動させることにより一つのシステムを構築した。


 それが、勇者救済プログラム『再召喚システム』


 このシステムは琴のように性格的な理由であったり、ケガなどの身体的な理由によって戦闘に向かない等のやむを得ない要因を持つ勇者を元の世界へと送還し、新たな勇者を召喚するためのシステムである。

 しかしながら、少し考えると不思議なシステムだと思う。

 なにせこんなシステムを使用せずとも、ごくごく普通に再度召喚魔法を使って新たな勇者を追加で召喚すればいいはずだ。

 そう考えるのは普通である。

 だがその疑問は、とある情報によって前提条件によって完全に棄却される程度のものでしかない。


 そのとある情報と言うのが『召喚を乱用させないよう使用条件を魔法に組み込んだ』と言った情報だ。

 そうして組み込んだ使用条件と言うのが『世界が危機的状況に陥った時に一度だけ召喚魔法が使用可能』と言ったもので、これにより条件の例外である再召喚システムが必要だと理解できるだろう。呼び出した側であっても、呼び出された側であっても。

 だが今回の場合、このシステムが使用不能となっている。

 なぜなら、今現在の送還魔法に致命的な問題が、致命傷とも言える不具合が生じている状態だからだ。


 ただしこれはシステム云々がどうとか言うよりも、この問題のせいで今現在少年少女たちはどちらにせよ元の世界に帰ることができなくなっていると言う現状の方が重要であることに間違いはない。


 やはりそれは、五年前の始まりの日のことである。

 魔人王となったエンデは近隣諸国へ侵攻するのと並行して、自国から遠く離れたこのモンターク王国に長年潜ませていた幾人もの密偵に命令を下した。

 その命令とは異世界から勇者を召喚することのできる王族の暗殺──ではなく、その王族に流れる血液の採取である。


 長らく続いていた平和の影響もあってか王城への侵入を許してしまい、結果的に密偵の存在に気が付くも対処が遅れ近衛兵と魔法師たちが奮闘を繰り広げるなか不意をつかれ隙をつかれ、血液を持った密偵の逃走を許してしまう。

 そうして盗まれてしまったその血液は魔人王の元へと届けられ、その血液を触媒とした封印術により勇者召喚魔法は強固に封印され使用不可能となってしまった。

 それを、王族たちは感覚として理解したと言う。




 嘘偽りなく事実として現実として真実として召喚魔法は封印されたのだが、ではなぜこうして何事もなく勇者召喚が行えているのかと言えば、


「それはかつての勇者様たちの一人、賢者様の機転によるものなのです。賢者様はこのような事態を想定し、二つの魔法名を逆にしておられました」


 簡単な話で、魔法の名前を取り換えていたと言う訳である。

 つまり召喚魔法を送還魔法として、送還魔法を召喚魔法として名前を入れ替え、結果的に封印されたのが送還魔法であったと言うことだ。

 これは魔法を改良し製作しその術式を王族の血脈に組み込んだ勇者たちが、万が一の確率で億が一の確率で何らかの方法によって召喚魔法が封印及び破壊されると言ったような可能性を考慮して行っていたちょっとした小細工。


 このちょっとした小細工は、保険の保険としての意味合いが強かったらしい。

 そもそも、血統魔法の術式構成は非常に複雑でありとあらゆる妨害を想定されたうえで制作されているために生半可なことでは封印も破壊もほぼ不可能に近い。しかし、それは不可能に近いのであり不可能ではないということである。

 だからこその保険。

 それほど厳重な魔法を見事に封印して見せた魔人王エンデの力量は、これだけでも理解できると言う物だろう。


 しかしながらこの保険のおかげでこうして無事に召喚することができたのだから、判断は正しかったと言える。

 言えるのだが、結果的に魔人王のせいで再召喚システムが使用不能となり、さらには元の世界に帰るための送還魔法を使用するには封印を施した魔人王本人を倒さなくてはならず、最終的にはやることは全く変わっていない。


「皆様には辛い戦いを強いてしまうかもしれません。いえ、きっと辛い戦いになるでしょう。ですが、我がモンターク王国含めたこのズィーベン大陸にあります七大国家すべてが最大限の支援を惜しみなくいたします」

「私からもこの通り頼む」


 真摯に語る王女は再び深々と頭を下げ、さらにはいつの間にか復活していたモント王も玉座に座ったままだが頭のてっぺんが見えるほどに頭を下げた。

 王女もそうだが、一国の主の頭はそう軽い物じゃない。

 だが、謝罪のためではなく何かを頼むための、民のために国のために世界のために下げる頭はそう重い物でもない。


 深々と頭を下げ続ける王たちの姿を前に、琴はそっと目を閉じる。

 目を閉じ数秒ほど経った後に目を見開くと、さっきまで浮かべていた不安な表情は消え失せ、代わりに覚悟を決めた顔へと変化していた。凛々しい表情を浮かべた琴は一回息を吐き決心するかのように軽く頷けば、


「分かりました。私も力になります!」


 と、部屋中に轟くほどの声で宣言する。

 その姿は、誰よりも勇気ある姿であった。

 その姿は、誰よりも勇ましい姿であった。

 瞳の中に覚悟を湛え決意を定めた琴の言葉に、反射的に頭を上げた王と王女をはじめとしこの場に居る全ての人々の注目が彼女へと集中する。

 誰もが息をのみ数秒ほどの静寂が流れたのち、満開の花火が夜空に咲いたような歓喜と安堵の声が誰からともなく湧き上がった。


 それはかつてないほどの大喝采であり、歓喜の波が部屋中にあふれかえる。

 この場に居るすべての人々はすでに立っているが、まさにスタンディングオベーションと言えるほどの拍手と歓喜の嵐だ。嵐であり、台風であり、ハリケーンのようなすべてを巻き込むほどの空気。

 そのように表現できるほど強く謁見の間に響き渡ったあふれんばかりの割れんばかりの拍手喝采に、琴は驚いてその場で飛び上がっていたが、それら全てが自身へ向けられたことを理解すると顔を赤く染めて照れていた。


 だが、その盛りに盛り上がった空気もすぐに緊張感へと変わる。

 非常に強い歓喜の渦の中、ようやく思い出したかのように一人また一人と表情を硬くし口を堅く結んだ人々が視線を向け始め、最終的にはこの場に居る全員の注目が一人に注がれた。


「ん?」


 言わずもがな、青年にである。


「おいおい、だからそんなに見つめないでくれよ、照れるだろ。俺は近年まれにみる照れ屋なんだよ。大型倉庫二つ分の量とバリエーションに富んだ照れを取り揃えているくらいにな」


 青年は自分に向けられている視線へ返答するかのようにそんな言葉を口にする。

 しかしながらその言葉とは裏腹な態度を見れば、青年が嘯いているのがすぐに分かる。むしろ、どこかたのしげな雰囲気が漂っていた。

 まったくもって、飄々としている。


「大丈夫、大丈夫。安心できないかもしれないが、安心してくれ。

 あんな話を聞かされ、あれだけ頼まれ、この状況で拒否なんてするわけないだろ。俺は意外と空気の読める男なんだよ。そして、小心者でもある。ここで断れるほどの度胸なんて俺にはない。

 それに、元の世界に帰る方法がそれしかないのであれば、力を貸さない理由なんて何一つとしてないんだしな」

「本当に、ありがとうございます」


 二人の答えを聞いた王女は、これで何度目かの頭を下げた。


「うむ、話はまとまったようだな。では魔法師たちよ、勇者様たちにあれを!」


 横では満足そうな顔の王が数回頷くと、閉じていた瞳をカッと見開き威厳たっぷりに立ち上がるとオーバーアクション気味に腕を動かす。

 どこかに行ってしまった威厳を取り戻すかのように。



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