第5話 名前
青年がして見せた大げさな動作。
その動作によって操られたように全員の視線が、一目で不機嫌ですよと言わんばかりの表情を浮かべ玉座に座っている王へと向けられた。
おそらく、突如として聞こえてきた麺をすする音で自身の見せ場が潰されたことによって王は不貞腐れてしまったのだろう。なんとも子供らしいと言える王である。
しかし、元凶である青年によってではあるが、自身へと注目が戻ってきたことに目ざとく気が付いた王は、ねじ切れるほど手首を返すようにあっさりと機嫌を直し慌てて玉座から立ち上がった。
それはなんとも、威厳もへったくれもない動きである。
だがそんなこと知らないとばかりに王は仰々しく咳払いし、両手を大げさに広げこれまた仰々しく動くとこれ見よがしに威厳を振りまき始めた。
そして、麺をすする音で遮られた言葉の続きを話そうと口を開こうとするも、
「それは、わたくしからご説明いたします」
今度は横から割り込んできた王女の言葉に遮られ、見せ場を奪われてしまう。
ちゃっかりと台詞を横取りした王女はくすりと王へ笑みを向けると数歩前へと踏み出し、王よりも一歩二歩ほど前に立つ。
ちょっとしたそんな動きと声だけで、王へと向けられていた視線がすべて王女に移る。
当然のことながら、より一層気合が入っていた王は驚いた顔を驚愕した顔を反射的に王女へ向けていた。
顔を向け何か言いたそうに口を金魚のようにパクパクと動かすも、駄目押しのようなニッコリと微笑む王女の表情に王は何を言っても無駄だと理解したのか、肩を落としリストラされたサラリーマンが公園のベンチの主になるかのように玉座に座り直す。
本当に、威厳も何もあったものじゃない。
さっきまで醸し出していた威厳が嘘みたいに霧散し、あたかも夢、幻のごとく散っていった。
「ただその前に、わたくしたちの自己紹介をさせていただきます」
完全に言葉を受け継いだ王女はにっこりとした笑みを浮かべ、五人へと向けた。
「わたくしはこのモンターク王国の第一王女、ミッシェル・フォン・モンタークと申します。そしてこちらが、わたくしの父でありこの国の王であるモント・フォン・モンターク王でございます」
凛として凛々しく、それでいて鈴の音のような綺麗に澄んだよく通る声を放ちながらミッシェル王女はうやうやしく五人へと軽く頭を下げる。その際、絹のような美しい銀髪がするりとこぼれる姿は、ただそれだけで有名画家が生涯をかけて描いた一枚の名画のように思えてしまう。
つまりそれは、男女問わず世の中に生きる全ての人間が魅入ってしまいそうな光景だと言うことだ。
そんな光景を間近で目にしてしまった少年少女たちは、息をすることを忘れているかのように目を逸らすことなく王女に固定されていた。
同性二人の憧れるような視線は置いておくとして、少年二人が向ける視線は完全に恋する少年のそれである。漫画的表現のように顔を真っ赤にさせてはいないものの、二人ともしっかりと分かるほどに頬が赤く染まっており誰が見ても惚れたと理解できる顔であった。
それも無理からぬことだろう。
なにせ目の前に立つ王女はこの世界でも少年少女たちの世界でも、五本の指に入ると心から言えるほどの美貌の持ち主だからだ。
むしろ、彼女に惚れない方が異常だと言えなくもない。
そして王女の紹介で自身に注目が集まったと思ったのか、今度こそ威厳を取り戻そうとしたモント王はいそいで身なりを整えだす。
しかし当然のことながらまったくもって注目が集まっておらず、遅れてそのことに気が付いた王は今まさに立ち上がろうとした勢いを失い腰を下ろした。力なく腰を下ろすその姿は、悲しいくらいに威厳が保てない王である。
不憫と言う言葉がこれほど似合う人は、世界にあとどれほどいるのだろうか。
玉座に座りなおした王は、両手で顔を隠す。その隠された顔の下では、静かにさめざめと泣いていることだろう。
「よろしければ、皆様のお名前を教えていただけますでしょうか?」
だが、王女は横でそんなことになっている王に触れず、ちゃくちゃくと話を先に進めていく。さらに向けられる笑顔に二人の少年はより強くより濃く顔を赤らめ、数秒間ほど王女の問いに答えることなくその笑顔に見惚れていた。
だが我に返ってはっとした表情を浮かべた金髪君と秀才君は慌てながらそれぞれブレザーと学ランを整え、姿勢を正し高らかに自己紹介を始める。
「あ、は、はい! 俺、じゃない。私は
金髪君──大空大地は今も向けられ続けている王女の笑顔に緊張が解けず、口から出てくる言葉たちに落ち着きがなかった。落ち着きのなさは行動にも現れており、まっすぐ向けられている王女の視線から三秒に一回ほど目を逸らし、なんともせわしなく目線がさまよっている。
まさに幽霊船のごとく、行き場を求めて。
「……自分は、
秀才君である戌亥も同様に緊張しているようだが、そのことを全力で隠すかのように体を斜に構えて若干ぶっきらぼうにだがしっかりと聞こえる声で名前を口にする。
戌亥の場合最初から目線を合わそうとせず明後日の方向を向いて斜に構えているため目線はさまよっていないが、その態度からクールと言うより恥ずかしがっているように見えてしまう。
そんな二人の様子は良いも悪いも年相応と言ってよく、年配の人が見れば微笑ましい優しく見守るような目になっただろう。
「え、えっと、
「ボクはね!
少年二人が率先して自己紹介した後、少女二人も続けて名前を口にしていく。
少女二人の方は同性だからなのか、そう言った類いの緊張をしてはいなかった。
ただ片手を上げ元気を振りまくような自己紹介をおこなった猫とは違い、琴は相手が立場的に上の存在であることを理解しているのか緊張を覚えているようだ。もしくは、王女の美貌に気後れしているという理由もあるだろう。
しかしながら、琴のそう言った態度が特別だというわけではない。むしろ、こういった緊張感を持つ方が普通である。
つまり、スポーツ少女の態度の方が特別なものだと言っていい。
マイペースここに極まれり、と言った感じか。
「ダイチ様。イヌイ様。そして、コト様にネコ様ですね」
四人の自己紹介はつつがなく終わり、王女はそれぞれへ顔を向けながら確かめるように覚えこむように名前を口にしていく。
そこで、一人一人に天使のような笑顔を忘れずに付け加える。
何度でも恋に落ちる笑顔を向けられ、さらに自身の名前を様付けで呼ばれたことがよっぽど嬉しかったのか、大地と戌亥はだらしなく顔を緩めた。
大地はそのままだらしない笑顔を隠すことなく晒す。ただ戌亥の方は自分がだらしない顔になっていることに気が付いたのか、すぐに口元を引き締め手で覆って隠すもその下にある口は自然にだらしなく緩まっている。
「それで──そちらの方は、なんとお呼びすればいいでしょうか?」
高校生四人の自己紹介は終わった。
だからと言って全員分の自己紹介が終わったわけではなく、王女は青年へと顔を向けて尋ねる。もちろん、四人へ向けたのと同じく煌めくような笑顔で。
王女自ら名前を聞いたことにより、周りが向けている目線が強く青年に突き刺さることとなった。
だが当の青年はそんなことにまったく動じていない。
むしろ飄々とした態度で、ミリ単位での動揺さえも見て取れなかった。
「ん? あ~俺か。俺の番か」
先程まで熱く語っていたのが嘘のようにのんびりとした声で、今まさに気が付きましたと言わんばかりの態度で青年は答える。そこから周囲に目線を巡らせると少し考えこむように腕を組んで、口を開く。
「名前、名前ね。そうだな」
その開いた口から漏れる声は、どこか楽しそうな声色であった。
何か考えるように一度宙に目線を巡らせた青年は、
「じゃあ、そうだな。ここでは、
そう、笑みを浮かべ、言いよどむことなく言い放った。
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