第4話 転換

 当たり前かのように、常識かのように、当然かのように青年が口にしたなんともかんとも言い難いトンデモ話に、秀才君は目が点になっていた。流石の秀才君でさえ、ポーズを忘れてしまうほどのトンデモ話。

 しかしながらこれは秀才君がどうとかの話ではなく、秀才君以外でも同じ反応を見せただろう。その証拠に、金髪君と文学少女ちゃんも同じような表情をしている。

 ただスポーツ少女だけは青年の話が理解できるのか、うんうんと分かったようなしたり顔で頷き心の底からこの話に納得しているようだ。


「ああ、あとはそうだな。これも大切な要因だった」


 青年は軽くカップを振る。


「さっきまで食っていたこのカップラーメンだが、実のところかなりのレアものでね。例えるなら、UR以上のレアリティを付けるべき代物だ。

 なんて言ったって俺の知り合いが働いている店でしか扱っていない上に、ごく稀にしか入荷しない。さらには運よく入荷してもそもそもの入荷数が少なく、値段もそれなりにそれなりだ。学生が買うにはちょっと躊躇するような値段くらいって言ったら分かるだろう。一応その知り合いから入荷時にタレコミが入るんだが、それでも下手すれば一つも買うことができないなんてことはさして珍しくない。

 ただ、それ故に美味い。ただただ、美味い。おそらく高級料理以上に美味で世界三大珍味以上に珍しいと断言しても過言じゃないほどの代物だ。まぁ、高級料理も三大珍味も食ったことはないが」


 くくく、と笑う。

 そして、得意げな表情を秀才君に見せ、


「さて、そんな物を目の前にして我慢ができるかと言えば、どうだ? しかも、刻一刻と食べごろが過ぎていく状態ならどうだ?」


 そう、問いかけた。

 問いかけられた秀才君は、まったく納得がいかないという表情を隠すことなくその顔に張り付けている。


「納得していない顔だな。なら、そっちのジャージを着た女の子に聞いてみたらいい。たぶん、これのことを知っているだろうからな」


 言いながら、青年はスポーツ少女にカップを差し出すように向けた。

 全員が操作されたかのようにスポーツ少女へ顔を向けると、スポーツ少女の目はいまだ青年の持つカップに釘付けになっており、その表情は物欲しげで口の端には涎が少し垂れて小さく光を反射してきらめいている。

 自身に向けられた視線などどこ吹く風と言った様子だ。


「なんせ、これを見ただけでそんなキラキラとした純粋で純朴な食欲にあふれた目線を向けてくるのは、一度でも食ったことのあるやつくらいだからな。

 あ、いや、いやいや。八割強から十割弱の奴はギラギラとギラついた視線を向けてきたな。食欲に支配されたかと思うほどに、貪欲な目だった。あれは俺としても非常に怖かったよ」


 などと続けて口にするも、すべての視線がスポーツ少女に向けられているため青年の話しをちゃんと聞いている人物はほとんどいないようだ。

 それは秀才君も同じなようで、話している途中の青年を無視するようスポーツ少女に声をかけた。


「知っているんですか?」

「ん? うん、知ってる知ってる。よ~く知ってるよ。一度食べたことあるからすっごく知っているよ」


 返事を返すスポーツ少女だが、いまだ目線はカップに釘付けだった。


「去年くらいだったかな。ボクの友達から誕生日プレゼントにそれをもらって食べたんだけど、本当にものすっっっごくおいしくて、初めて食べたときのことはまだ覚えているくらいだね。貰った時はびっくりしたけど、もう最高のプレゼントだったよ」


 スポーツ少女は満面の笑みで体全体を使い、その時の感動を嬉しさを表現する。が、やはり目線は動かない。


「それで、売っている場所を聞いてお年玉とかお小遣い全部使って買い占めたかったんだけど、ずっと売り切ればっかりで本当に手に入らないんだよね。あ、ちなみに極楽マートってとこで売ってるから──あ、これ、言わない方がよかったかも」

「そうだな。ここにいる三人が販売店を探し出しでもしたら、さらに競争率が高くなると言っても過言じゃないだろう。しかも、あの店は地方に一店舗しかないときた。簡単に場所が特定させるはずだ」

「……にゃーーー!」


 補足するように答えた青年の言葉にスポーツ少女は数秒間だけ動きを止めた後、野生の猫のように叫び声をあげた。アニメチックな動きと共に上げた声はそれなりに大きなものではあったが、なんともかわいらしい姿である。


「しまった! うそうそ! 極楽マートじゃないよ! 違うよ!」


 必死になって全身全霊でどうにかごまかそうとするスポーツ少女ではあるが、それでごまかされる人はいないだろう。ただ、向けられた当の本人たちはこのやり取りに面食らったような表情を浮かべ当惑しているのだが。

 そんな慌てふためく様子を楽しそうに見ていた青年は、


「運よく手に入れたら一つくらい譲ろうか?」


 と、声をかければその言葉にピクリと耳を動かしスポーツ少女は動きを止めた。

 十分に整備され油をさしたばかりの歯車のように滑らかな動きで青年の方へと振り返ったスポーツ少女の顔には、太陽のようなひまわりのような満開の満面の笑顔が浮かんでおり一目で嬉しそうなのが分かる。


「にゃっ! ほんと! 嘘じゃないよね!」

「ああ。と言っても、いつになるか分からないが。こんな状況だし」

「うん! 大丈夫大丈夫! やった! ありがとうお兄さん!」


 スポーツ少女は青年の言葉に両手を上にあげて兎のように飛び跳ね始めた。

 そのテンションの変わりようを楽しそうに眺めつつ青年は「本当に運が良ければだが」と念を押すように付け足す。それでもテンションが下がる様子をみせることなく、むしろ食べられる未来を思い浮かべながら鼻歌を奏でている。


 どこか力の抜ける二人のやり取りによりどうやら金髪君と文学少女ちゃんの精神が見るからに安定してきたようで、さっきまで見せていた焦りや恐怖などと言ったものは鳴りを潜め幾分か余裕が垣間見えた。

 さらに秀才君もフッと少々口元を緩ませていたのだが、自分のその自然な動作に気が付いたのかすぐに口元を手で覆いキュッと引き締めてクールな態度へと戻ると再度青年に話かける。


「なるほど、あなたの言い分は理解しました。納得はできませんが、そういうものだとここは理解しましょう。ですがそれでも。それでも、その落ち着き具合が異様なほど不自然だとしか言えませんね」

「いやいや、不自然だって言われてもなぁ。

 つか、絶対に言うほど理解も納得もしてないだろ、君」


 青年は苦笑を浮かべながら言葉を返す。


「だがな、何を言われようがこれ以上何も出てこないぞ。さっき俺が口にしたことがどんなに納得いかなくても真実は真実で、事実は事実だ。それ以上でもないし、それ以下でもない。真実はいつも一つってな。

 それに、こんなのはよくある話で、物語のテンプレと言っていいことだろ。美味い飯のためなら、あっさりとテイムされる伝説の魔獣とか幻獣がいるってのは。まぁ、俺はそこら辺にいるようなただの人間で珍しさの欠片もないただの一般人だが、創作作品にグルメ系のジャンルがある時点で何をか言わんやだろ。

 つまり、それだけ食と言うものは独自の文化が構築されるほどにすさまじく大事なものだ。目的と手段が入れ替わるほどにな。もしくは大事だからこそ、目的と手段が入れ替わったかもしれないが」


 最後の方へと行くにつれて楽しそうに語っていく青年の言葉に、どこか納得するような表情へと変化していった秀才君ではあったがそれでも完全に納得しきれていないのか何か言いたげな雰囲気を醸し出していた。

 しかし青年はそんな秀才君の口から出てくるであろうさらなる反論を封鎖するためなのか、率先して話しを別の方向へと持っていく。


「ま、その話は脇に置いておいてだ」


 青年は動き出す。


「そんなことよりも、どんなことよりも、こんな生産性の無い消費するだけの話をするよりも、今はいろいろと聞かなきゃいけないことがあるんじゃないのか?」


 手に持っている空の容器を床に置き、口を動かしながら胡坐を解いてゆっくりと立ち上がる。

 どうやら胡坐をかいていたため足が痺れていたのか、生まれたての小鹿のようにプルプルと本当にゆっくりと立ち上がっていく。ようやく立ち上がった青年は何事もなかったかのように周囲へと見せつけるようになんとも大げさな動作で、


「なぁ、国王様」


 ニヤリと笑みを浮かべ真犯人へ話を振るかのように、王へ顔と言葉を向けた。




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