第2話 音
王の前で横一列に並び絨毯の上に座っている少年少女。
正確に言えば、詳細に明記するなら、四人の高校生と一人の大学生。
二人の男子高校生と、二人の女子高校生の二人と、一人の男子大学生。
合わせて五人。
この異世界のこの謁見の間に召喚された少年少女は召喚されてすぐ、部屋中に響き渡った声に肩を震わせ大声を上げた王へと反射的に顔を向けた。それはもう、目にもとまらぬ速さでだ。
しかしながら反射的に顔を向けたとしても目の前の状況が理解できるかと言えばそれは別の話しで、少年少女の顔には当惑、困惑、混乱、混迷、狼狽と言った不安と言った感情が自然とあふれ出しにじみ出ている。
少年少女はそれぞれの感情を発露したままたっぷり十秒ほど動きを止めたのち、挙動不審としか言いようのない動きで周りを見渡し始めた。
いや、見渡しているというよりも、ただただ見回していると言った方がいい。
目的もなく、目標もなく、何をするわけもなく。
ただただ、本能的に反射に近い理由で周囲を見回す。
目に見えているだけで、目で見ているだけで、何も情報として頭に入ってこず思考ができない状態だ。
それは当然のことだろう。
当たり前で順当なことである。
これが当たり前でなかったらなにが当たり前かと言うほどに、当たり前の反応を高校生四人は見せていた。
なにせ視界を覆いつくすような強い光が収まった瞬間に飛び込んできた光景が、ほんの数秒前まで各々がいた場所ではなくこのような見知らぬ場所だったのだから。
見知らぬ場所に、自分たちを囲む大量の見知らぬ大人たち。半数の大人はその手に武器を所持している状態。
そんな状況ならばこんな反応になることは、考えなくても分かることである。考えたら考えたで、酷く納得する光景だ。
むしろ、この状況で即座に現状を理解できる者がいるとは到底思えない。
到底思えないが、それでも例外が無いとは口が裂けても顎が外れても舌を抜かれても言うことはできない。例外の無い規則は存在しないし、例外は例外だからこそ例外であり例外たりえるのだから。
そう言った例外中の例外がもし存在するのであれば、それは生粋の予知能力者か百発百中の預言者か占い師か。もしくは、このような状況を何度も何度も繰り返し体験し慣れている経験者だけだと言えよう。
それでも、少年少女の困惑がいつまでも続くわけではない。
現状が理解できないからこそ、現実は動き始めることもある。
分からないという恐怖を払しょくさせるために、何かを知っているとおぼしき存在へ問いかけるのはこれまた当然だと言えるほどに自然の流れだと明言できよう。
つまるところ、目の前に立つ唯一明確に五人へ声をかけ声を上げた王に注意が完全に向いたと言うことだ。
「おい! ここはどこなんだ! さっさと答えろ!」
五人の中で一番初めに立ち上がり大声を上げたのは、二人いる男子高校生のうちの一人だった。
いわゆるイケメンと言えるほどに整った顔立ちに金髪がよく似合うその少年は、両の目をこれでもかと吊り上げ興奮しブレザーの裾を暴れさせながら一方的に目の前に立つ王へと怒声をぶつけている。
本来であれば彼はクラスの中心にいるようなカースト上位者、もしくはカーストトップの爽やかな金髪イケメンくんなのだろう。両手の指を合わせても足りないくらいに告白されているようなイケメンくん。
だがしかし、今の取り乱しようからはまったくそう言った印象は受けない。
もしもこの場に少年のクラスメイトや知り合いがいたのならば、こんな姿を目にした瞬間にドン引かれていただろう。いや、同じように興奮して気にする余裕もない可能性が高いかもしれない。
「さて、事情を詳しく聞かせてもらいましょうか」
続いて口を開きつつ立ち上がったのは、もう一人のどこか幼さがまだ顔に残る男子高校生であった。
こちらの少年はさきほどまで見せていた慌てぶりがまるで嘘だったと言わんばかりに落ち着いており、顔の下半分を隠すように開いた右手の中指を眼鏡のブリッジに添え、左手を胸の前で組んでどことなくかっこつけたポーズをとっている。
それは黒髪眼鏡の秀才系、もしくはクール系イケメンであるこの少年にぴったりと合っているといえよう。少年の制服が学ランであることも、その要因の一つだと言えるかもしれない。
それが、中学二年生くらいからずっと練習したようなポーズでも。
ただ落ち着いているように見えて、心なしか右手で隠れている口元がにやけており様子がおかしいと言えばなかなかにおかしい。
「こ、ここはどこなんですか!」
そう、二人に遅れて慌てるように立ち上がり訴えかけるように叫んだのは、セーラー服と肩よりも長いくらいのおさげ髪がよく似合う委員長や文学少女といった言葉が思い浮かぶような女子高生だった。
これでいかにも難しそうな書籍を抱え、眼鏡をかけていれば完璧と言えただろう。
なにをもって完璧と定義するかでその結論は幾多にも違ってくるが、ただそれでもそうであれば完璧であるのである。
少女はその見た目通りそこまで活発な性格ではないようで、危機に直面した小動物が最大限に警戒するように今も周りを見回している。
「むぅ、これじゃまったく練習ができないじゃないか! 来月には大事な大会があるんだよ! 早くボクを帰してよ!」
最後に、もう一人の女子高校生が飛び上がるようにして立ち上がり頬を膨らませ子供っぽく怒りながら目の前にいる王へ向かって文句を口にした。
小柄で短く髪を切りそろえ、日に焼けた健康的な肌が印象的なその少女。
他の三人が制服なのに対して彼女だけが動きやすい高校指定のジャージ姿であり、その台詞の内容と見た目通りの完全なるスポーツ少女である。
スポーツ少女が大き目の声で口にしたいささかズレていると言わざるを得ない発言に、他の三人は一斉に口を閉じ示し合わせたかのように揃って左側にいるスポーツ少女の方へと顔を向けた。
三人から顔を向けられたスポーツ少女はしばらく頬を膨らませていたのだが、自身に注がれた視線に気がついたようでゆっくりとそちらへと振り向く。
振り向くが、なぜ自身に顔を向けられているのか分からないらしく、きょとんとしたかわいい表情を浮かべてコトンと首を傾けた。スポーツ少女の本当に分かってなさそうな表情を見た三人は、どう説明したものかと考えているような思案顔を浮かべ静かにしていると、
「貴殿らにはすまないことしたと思っておる」
様子をうかがい四人に言われるがままになっていた王が、目を伏せ非常に申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
つい先ほどまで全身を使って全身全霊を持って表現していた喜びに満ちた雰囲気は鳴りをひそめ、なんともおとなしいものだと言える。
「しかし、我々にも事情があるのだ。こうして、異世界から貴殿ら勇者を召喚するやむを得ぬ事情が」
だがすぐに伏せていた目を上げ話し始めた。
そこにはほんの数秒前の謝罪を口にし申し訳なさを見せる王の姿は消え去り、深刻で重苦しい空気を纏う強い瞳の『王』が存在した。
まごうことなき『王』と言う存在が存在した。
先ほどまでいろいろと口にしていた四人も明確に変化したその空気を敏感に感じ取ったのか、自然と固く口をつぐんだ。
王が発する空気に飲まれ、これから王が口にする言葉を聞き漏らさないよう緊張した面持ちで息をのむ。
「それは──」
注目が自身に向けられたのを理解したのか、王は自らが放つ威圧感を幾分か押さえ今まさに重要なことを話そうとした、その瞬間である。
ず、ずズずっずズず、ズズずずずズっず──
見計らったかのように、どこからともなく少々大きめの変な音が聞こえてきた。
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