第1話 召喚

「おお! よくぞ我らの声に応えてくれた! 異世界の勇者たちよ!」


 そんな言葉が部屋中に轟いた。

 これ以上なく喜びにあふれ、歓喜に打ち震えた大声だった。

何をそんなに嬉しいことがあったのか、と心の底から思ってしまうほど非常に強い喜びの感情が込められた声である。

抑えきれないほどの、そもそも抑えようとは思っていないであろう強い喜びの感情。大量の爆弾を一気に爆発させたような、夏の夜空で満開に咲く花火のような強い感情と言ってもいい声だ。


ここまで大きく強い感情にあふれた声を出すということは、声の主によっぽどのことがあったのだろうと簡単に推測ができる。

よっぽど嬉しいことが。もしくは、よっぽど感動的なことがあったのだろうと。

名探偵でなくとも分かるほどに。

そのよっぽどのことが何なのかは分からないが、そんなよっぽどの声で綴られた言葉はその言葉を口にした男の目の前で座り込んでいる五人へ向けられていた。

寄り道することなく、一直線に向けられていた。


目の前の五人。

赤い絨毯の上で横並びになり、腰を下ろしている少年少女たちへ。

当惑、困惑、混乱、混迷、狼狽。

見るからにそう言った感情がいくつもいくつも山のように、積み木のように重なっている精神状態の少年少女たちへと、一方的に向けられていた。

例えるなら、無理やり期待を押し付けるように。




 そこは広い部屋だった。

 広い部屋、などと紆余曲折するほど回りくどい言い方をせず、直接的な端的にはっきりともったいぶらず寄り道をすることなく素直に言ってしまえば、ここは謁見の間と呼ばれる場所であり部屋である。

謁見の間。

いわゆる国の主に謁見するための場所だ。


見上げるほどに高い天井には等間隔でいくつも煌めくほどに美しいシャンデリアが吊り下げられ、軽く見ただけでも数百人もの人々が入ってもなおまだ余裕がある内部を隅々まで明るく照らしている。

白を基調とした内部には全体的にさりげなく装飾が施されており、圧倒されるほどではないが見る人が見れば感心してしまう程度は素晴らしい内装となっていた。

まさに、芸術的にも権力的にも。


この謁見の間を一言で表すのならば、どことなく中世ヨーロッパのような造りをしているといった感想が十中八九漏れるだろう。それは知識的なものではなく、感覚的なものによる部分が大きいと思われる。

一般的な日本人がよく想像するヨーロッパ風な造りと言ってもいいかもしれない。

少なくとも木造建築ではなく石造りで、どこにも畳や襖などの和風的な造りが見当たらない時点で日本的ではないことは確かだ。


ただそれはどこまでいっても中世ヨーロッパ風であり、ありていに言えば中世ヨーロッパ風でしかない。

どことなく似ているだけで、何となく似ているだけで、どこまでいっても結局は似ているだけ。似ているだけで、同じじゃない。


建築学などこういった分野に詳しい専門家が見れば、この謁見の間は既存する地球の建築様式とは全く違う造りをしていることなどすぐに分かるだろう。そもそも、分からなければ専門家を名乗るべきではないが。

とは言うものの、正確に言えば部分的には当てはまる建築様式は地球に存在する。

しかしながら、全体的に見れば地球のどの建築様式にも当てはまらない。

例えるなら、様々な時代の建築家が一堂に集まり一つの部屋を役割分担して制作したと言うような印象を受ける。

バラバラであり、チグハグなのだ。

 つまるところ、ここは地球ではない別の世界。

言ってしまえば、異世界である。それこそ、声を上げた男の言葉通り。


そんな異世界にある謁見の間には、大勢の人々が立っていた。

まず目につくのは左右の壁際。そこには同じ鎧を身に纏った近衛兵たちがズラリと横一列に並んで立っていた。

隣と十センチほど間隔をあけて立つ彼らの手には同一の槍が握られ、腰にはこれまた同一の剣がぶら下がっている。そうして並ぶ彼らの先頭、部屋の奥側に立つ左右それぞれの近衛兵だけは他とは違い少々豪華な鎧を着ており、一目で隊長クラスであると理解できた。


続いて部屋の後方、三メートルはあるかと思われる大きな扉の左右には、礼儀正しく立ち並ぶ執事とメイドが控えていた。扉を中心として片方には執事だけで、そしてもう片方にはメイドだけで列を作っている。

寸分の狂いもなく身じろぎ一つすることなく置物のように整列しているその姿は、違和感をこれでもかと感じるほどに人間味が薄い。長時間観察してもミリ単位で動く様子がなく、実は精巧に作られた蝋人形なのかと錯覚してしまうほどだ。


しかしながら生理的な生体的な反応、つまるところ瞳のまばたきや呼吸時の微かな胸の動きと言った生きるために必要な動作までは完全に抑えることができるわけもなく、たまに見せるそれらによって生きている人間だとようやく分かる。

ただそれでもその動きは非常に小さく、遠目で見ればまったく分からない。さらに言えば目を凝らしても分からないほどに。


なんともプロフェッショナルでスペシャリストな彼ら彼女らが控える扉からは、謁見の間の奥へと向かって伸びている明らかに高級だと分かる赤い絨毯がレッドカーペットのように敷かれていた。

赤い絨毯はつい最近洗濯したばかりのようにまったく汚れがなく、非常に綺麗で清潔なものだ。もともとの高級さと相まって、靴を脱いで上がらなければならないような気がしてくる。


自然と土足で上がることを躊躇しまうそんな赤い絨毯が続いている部屋の奥、謁見の間の一番奥側。

左右の壁際にも近衛兵たちと同様に、おそろいの黒いローブを身に纏った宮廷魔法師たちが部屋の中心を向くようにして横二列になって並んでいた。

魔法師たちが身に纏うローブはフードが付いているタイプであったが、場所が場所であるために誰一人として被っておらず顔がはっきりと見える。


 列をなす魔法師たちの内側には、腕の良い職人が大いに意匠を凝らしたであろう権力を象徴するような豪華な服を着込んでいる十数人の上位貴族たちが左右に分かれて立ち並んでいた。

 顔を一目見ただけでも一癖や二癖あり、一筋縄ではいかない狸だと狐だと即座に理解できる、貴族たちである。


ただ、そんな中で一人だけ一際とびぬけた貴族が目に入った。

その貴族は混雑した人の群れの中に紛れ込んでいても目立つほどの鮮やかで眩しいくらいの黄色い髪を持ち、限界まで限界以上に空気を吹き込んだ風船のようにまん丸と言っていいほどに太っている。

そして貴族たちの集団の中でも特権かのように一番前に立ち、この場に居る誰よりも醜悪だと言わざるをえないほどに深い欲がにじみ出た表情を浮かべていた。

ドス黒くドロドロとへばりつくヘドロのように粘りつき、確実に確定的に確信が持てるほどに自分のことしか考えていない人間の目を表情を浮かべている。

 だからと言ってこの場で何かしでかしている訳ではないが、ただただ醜悪だった。


そんな貴族や魔法師たちが囲んでいるさらに中心。

そこは他よりも二段ほど高く造られており、上にはシンプルながらも非常に上品な装飾がなされた一脚の椅子、つまり玉座と二人の人物が立っている。


一人は、玉座のそばに控えている十八歳前後の美しい女性だった。

身に纏う白銀色のドレスが非常によく似合い、絹のように滑らかで新雪のように澄んだ銀髪とこれ以上なくマッチしている。その銀髪はまるで天の川と言ってしまっても過言ではないほど美しく、神秘さを放ちながら腰の辺りまで流れていた。

口元に浮かべている笑みは天使の笑みと錯覚してしまうほどに魅力的で、一目見てしまえば男女問わず恋に落ちそうなほどだ。

彼女の美しさは絶世と言ってしかるべきであり、空前絶後と言い切ってしまってもなんら問題ないほどである。

それ故に、指先で触れるどころかわずかに声をかけることすら恐れ多い。

もし可能であるのなら、このまま彼女の時間を止め氷漬けにしてでも永遠に留め地下の奥深くに飾りたいと思ってしまうほどに。


そしてもう一人。

堂々とそこが定位置であるというように玉座の前に立ち、部屋中に轟くほどの声を吐き出した四十代後半くらいの男性だった。

 一八〇センチ以上もある大柄な体格で、肩ほどまで伸ばしている銀髪と口元に蓄えられた立派な銀の髭は一日たりとも手入れを欠かしていないと分かるほどに艶やかでキッチリと整いなんとも色気が漂ってくる。

白銀の布地に金糸の細工をあしらった見事なまでに上品に仕上げている豪華で豪奢な服を完全に着こなしており、最上級と分かる服のはずなのに幾分か格が劣っているように感じてしまう。なによりも男性からは威厳と貫録が否応なしににじみ出ており、只者ではないと直感的に直接的に理解させられる。


おそらく、と言わなくてもいいほどにこの男性が王だと誰でも理解できるだろう。

隣に立つのはその娘、つまり王女だ。

王妃と言う可能性がないわけではないのだが、そもそも二人はそれなりに年が離れているうえに顔立ちが似通っているためこれも感覚で理解できる。


その二人が──王と王女が目の前で座っている少年少女たちへ向けている視線は、熱いほどに希望にまみれた物だった。熱いほど歓喜に満ち溢れている眼差し。物理的に火が付きそうなほどだと言える視線。

ただそう言った視線はその二人からだけではなく、この謁見の間にいるほぼすべての人々が少年少女たちへと向けていた。



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