ござりんぐ

gaction9969

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<六月を『水無月』って言うけど、そもそも前線活発で雨しとどに降るじゃねえかコノヤローとか、疑問や憤りをお抱えの貴殿アナタ……これは『無し』を『の』と読むのでゴザルッ!! 『水の月』……それは田んぼに水を引く季節……そう、かつて日の本の民は巡る四季に寄り添い暮らしていたのでゴザった……令和の世に生きる拙者共も、在宅ばかりでなく、たまには大自然の息吹を感じるのが生けとし生けるものの本来の姿なのやも知れぬでゴザ……>


 長ぇなマクラが今日は。そしてネットの薄皮をはすったような浅いあっさい知識を、今どきここまで荒いポリゴンは逆に個性だよと思わせるほどにそれはそれはカクカクの瓜実顔にドヤ感を滲ませつつ、金だわしでアルミホイルを擦ったような耳に障る高音で全世界に垂れ流してくるよその強メンタルだけは大したもんだよ……


 「天保てんぽう系VTuber」、らしい。何でもありのこの界隈と言えど、そう言われても的な字面だ。十四年間くらいしか無かったそこにフォーカスされてもさ、著名な歴史上人物でさえ忠邦ただくに家斉いえなり家慶いえよしくらいしか該当しねぇょ、ぁあでもその三人共通の外観イメージにある「黒烏帽子」をいちおう装備はしているねそういうことなんだね……


 画面越しに面しただけで先に潜むであろう徒労感を臆面も無く外面へ小出し先出しにしてくる娑婆では良くて敬遠されるだろう悪い意味でのダイバーシティを有した輩を観るたびに、バーチャルの世界でも何でもいいから台場の埠頭先あたりにでも沈めてきたくなるものの。


「……」


 なんか、ハマって毎晩ライブで面しておる私がいる。


 それと言うのも明日から始まるその「水の月」、六月みなづきに至っても宣言は続投気配気味で、「大自然の息吹」どころか、たまに出社したとて帰りに一杯引っかけられるってわけでもなし、休日に限ってざっと唐突に来るスコールのような雨模様を鑑みると、六畳ワンルームで薄壁に寄っかかりながら煽る高アル500mlと、このライブ配信のユルさとに浸っているくらいしか時間のツブし方が無いのよねぇぇん……地元にしか腹を割れる友もいないし、ましてや睦み合う相手なんかもおらんのよやしぃぃ……


 うぅん、いい感じの酩酊感……月曜夜とは思えんほどの。アルコールが回った薄目が何となく捉えている画面の中では黒烏帽子マンが何かをしているジェスチャーを当てる系のゲームのようなたどたどしい動きで何らかをやっておるけど。直垂の懐から取り出だした真白き長方形は「ハガキ」かな? そういう仕草にはこだわるんだねビジュアルはガタガタのくせに、とか、頭の中で言わでものつっこみをカマしてしまう私も私なんだけど、と、鼻からわざとらしく勢いよく息をついてみる。


<今日の『ヲタ!より』は……愛知県のRNレディオネィム:『何で江戸幕府の将軍って苗字徳川ばっかりなんだよ分かりニキータ』さんからでゴザルよ!! ええー『同じ学科のコが気になってしょうがないんですが、そのコの友達と話しているのを聞いたんですが、何かそのコも煙草を吸ってるみたいなんです。僕は喫煙に偏見を持っているわけでもないんですが、自分が吸わないものでちょっと抵抗があるんですが、でも知らずに否定するのもあれなんで自分も試してみたいと思うんですが、ゴザルさんのおすすめのモノがあったら教えてください』……んんんん……なるほどなるほど……>


 主客おのおの盛り盛り過ぎの、さらにそれを昇華したかのような胸やけするほどのしゃべくりが、度数の高い柑橘系にはやっぱり何か合うわ……いや、あ何かタメた。出るかな? おたけび。


<……とりあえず『ですがですが』で文を繋げるのを自重するでゴザルよぉぉぉぉぉンッ!! それだけでッ!! それだけで逃す商談もきっとこれからあるはずだろうっカラァァァァッ!!>


 おおー、出た出た。そして今日のは割と不条理でも無い感じだね、自身の体験談かな? とか、私は飼ってる珍獣の一挙動を観察しているかのような凪いだテンションで、ぷこりそんなことを思ったりしている。


<とは言え、お悩みには進むべき道を示したるが忍びの者の使命……>


 もう「ゴザル」に引っ張られ過ぎてる感じのキャラ付けも慣れた。そもそも忍んでもねぇしござろうこともねぇわ。いや、うん、こいつにまつわるあらゆるよしなし事につっこむ事以上の無意味さは無いか……静観静観、そして出るよ、例のアレが。


<んんんんッ、マスかいて寝るでゴザルぅぅッ!!>


 だよね。キンキン響き渡ったそのとんでもない大声はいつも通り。お悩みに答える気がさらさら無いことだけは分かってるよ、こちとら。と、


<と、言いたいところでゴザルが>


 いや言うてる言うてる……でも何だこの新機軸。ルーチンお約束に飼いならされてる多分私ひとりだけが画面前で反応しただろうけど、何。


<『ヴェポライザー』で吸い始めてみるのはありでゴザルよ!! これは煙草の葉を蒸らしてその蒸気を吸うので健康にも普通のよりもいい感じ……拙者の今ハマリは……画像出てるかな? この『ブラックスパイダーシャグアマゾンガラナ』ッ!! 独特の香りは最早清涼飲料を吸っているかのような清々しさ……でゴザル!!>


 ちょっと待った。初めて「素」を見せた。自分のマジでハマってるものとか人に紹介する時とかって精神的に無防備になるっていうけど、まさにそれ来た。画面の向こうの素顔が覗けた気がして何か好奇心もくすぐられた気がしたけど、それよりもそれより先んじて閃いたことは。


「……」


 先輩パイセンの吸ってた奴だよこの真っ黄色のパッケージ……それに何か器具みたいなのでそれはお洒落に吸引しとったわって、ええ? でもこのゴザルマンがあの仕事出来る高身長イケメン先輩のビジョンとミリほども重なり合わないのだけれども。いや、でも現実の自分からかけ離れることがVの者たちの存在意義なのであるとしたら……そう言や何か日本史好きとか、それ系のゲームの話しとったこともあったな。でもこんなピンポイントで現実とバーチャルがニアミスするもんかな、とかそこは流した。ともかくワンチャンあるなら行くべきよねぇん……同期の猛禽女子たちも狙ってるとのことで互いに投げ放つ牽制球が鋭くかつ的確な膠着現況……もしかしたらそいつを一歩抜きんでること、


 成し得るやも知れん……ッ!!


 自分もたぶん、狩り時の肉食獣のような顔つきになっているだろうことは自覚しつつ、例えば同じ部署のヒトしか知らないことでも投げかけてみよっかな、と、むふふふ笑いを熱持った顔に浮かばせつつキーボードを叩こうとしたところでふと悪寒が背筋を撫でた。


――ふしゅしゅしゅ、上条かみじょうパイセンはいつも男前でしゅねぇぇ、出禁寸前までいった『オラホ社』にまた面談の取っ掛かりを取り付けるとはぁ、流石さすがァッ!!


 いや、もうひとり該当者おったな……チームのお荷物、小田川オタガワェ……あいつ先輩を信奉するあまり、諸々を真似るというストーキングまがいのことやってたよな煙草も多分受け売りで同じ銘柄を選んでいる可能性は高い……


<ゴザルさんて『オラホ社』のスマホ使ってるんですか?>


 次の瞬間には、何気ないけど痛点を貫くだろう問いを私の指は奏でていた。その次の瞬間にはゴザル野郎がテンパッた時に陥る「ゴザルか? ゴザルか?」の連呼状態になったことを確認し、結構アルコールが乗ってきた吐息をその画面上でせわしく震えるツラに吹きかけるものの。


 しばらくは二次三次双方からいじってやろうかな。


 割と嫌悪感が湧いてこない自分に驚きつつ、これも「天保」ゆえの精神の「改革」かもねぇ……とかのスカスカした思考が酔いで加速しつつ頭上で空回る。


 私も大概だわ、うん。


(終)

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