17 債権は天下の回りもの



 こうしてニコは公平、ミーカと共に働き始めることとなった。一応は冒険者、という身分だけれど、やっていることはまだ、公平の手伝い。聞けばミリーラのところは既に辞めてきていたらしい。けれど問題は一つ、残っている。公平に課されていたのは、ミリーラが滞納している税金の徴収。しかし彼女には、日本に対して納税しようという気が、かけらもない。しかし払わせられませんでした、と引き下がるわけにもいかない。

 だがそれは、意外な角度から解決したのだった。

「最初から、こっちに来てれば良かったのか……」

 呆然と、公平は呟いた。

「そう、ですね……」

 ミーカも立ち尽くし、呟く。

「わーい自由ー!」

 広大な倉庫の中、人目がないことに気を良くしたニコが、翼を出して飛び回っている。

「金は天下の回りもの、と言いますからねぇ……」

 ほほ笑みながらアビー。

 ニコによると、ミリーラは、倉庫がぱんぱんになるほど魔石を仕入れていた、という。なんでも近いうちに大口の取引があって、そのために大陸中の魔石を買い占めたほどらしい。それを聞いた公平が、すがるような思いでその取引を調べてみると……なんと、相手はアビー。事情を彼女に説明してみると、快く「あら……でしたら、ウチがミリーラさんに支払う予定のお金を、吉田さんに収める、という形にしたら、まぁるく収まるんじゃないですか?」とのこと。そういうわけで、彼女の元に納入される予定の魔石のチェックに同行することにしたのだった。

「アビーさん、なんでそこまで日本語お上手なんですか……?」

「あはは~、マンガとラノベとSNSのおかげですよ。言語の勉強には、口語でその言語に没入できることが大事ですから」

 ミリーラの納税額を出すためには、彼女の資産を詳しく調べなければならない。公平の仕事としては、この膨大な量の魔石の勘定と、評価額を算定していく、というものが残っている。ここが地球なら、東京ドーム何個分、と形容するであろう広さの倉庫、みっしりに収められた魔石を。

「なるほど、にしても……これは大分、骨ですね……」

「大丈夫ですよ、私も手伝いますから~」

 自身での検品、という意味合いもあるのだろうが、アビーは鼻歌交じりに箱を開け、中から魔石を取り出し、ためつすがめつして眺めていく。

「しかしアビーさん、こんな量の魔石……一体なにに使うんです?」

「うふふ……気になります?」

 冗談めかして笑い、軽く公平の肩を撫でるように叩く。

「……どーん!」

「わ、こら、ニコ!」

 と、そこで飛んできたニコが、いきなり公平の肩に乗った。きゃっきゃきゃっきゃと彼の肩の上、無邪気にじゃれている。アビーはそんなニコを、ほほえましそうに見ていたけれど、やがてこっそり、ニコから、少し睨むような視線が来たのを見て、あらあらまあまあ、と笑った。

「公平公平、縦が百列、横が八十二列」

 肩車の位置に納まり、ぺしぺしと軽く公平の頭を叩き、上空から勘定した数を告げるニコ。

「中には十六個ですね。品質はざっと見た限り、どれも最上級……」

 ミーカもいつの間にか公平の元に戻ってそう告げる。アビーのことを、にらまないまでも、なにか含みのある笑い方をして、アビーはますます、あらあらまあまあ、と笑った。

「ええと……八千二百個かける十六……で……」

 何も気付いていない公平は難しい顔。

「十三万一千二百個、ですね。私の注文は十万個ですので、残りは予備分でしょう」

「……戦争だって起こせちゃいますよ、この量」

「あはは、異世界で戦争しても得がないですよ」

「じゃー、爆弾! おっきい爆弾作るんでしょ!」

「う~ん、何かを壊す、という意味ではそうかしら?」

「なにか、答えられないこと、なんですか……? でしたら……」

「いいえ、むしろ、吉田さんには知っていただきたい、というか、協力していただきたい、というか……協力していただかないと、ちょっと、お支払いが、難しいかな~……って……」

「…………はい?」

「えへへ、実はですね、ミリーラさんとのこの取引契約なんですけど……こっちにお金ができ次第払う、的な内容に、なってまして……」

「はあ……って、よくあのミリーラさんがそれで取引に応じましたね」

「まあそれはその、身元を明かしたら、快く応じてくれまして……」

 公平は深く息をつく。ミリーラのことだ、アメリカ合衆国相手に取引をするなら、取りっぱぐれはないだろうし、もしあってもなにかの埋め合わせで利益を出せると踏んだのだろう。

「しかし……当てはあるんですか? 収入の……」

「はい」

 アビーは胸を張る。

「魔石を使ってあるモノを作って売ろう、と、今、合衆国ステイツでプロジェクトが進んでいるんです」

「…………それが売れないと、お金が、ない?」

 えへへ、と笑うアビー。公平はため息をつきかけて、それから天井を見上げて、ミーカを見て、ニコの膝を叩いて、頭をぺしぺし叩かれて……もう一度、大きなため息をついた。

「金は天下の回りもの、か……」

「回りものー!」

 ニコはけらけら笑い、倉庫をぐるぐると飛んだ。


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