16 Rings



「公平さん、ちゃんと選ばないと死ぬまで言われますよ」

「そういうもんでもないだろうに」

「そういうもんなんです」

「……そうなの?」

「そうです」

 ミーカの耳打ちに、公平は諦めのため息。ショーウィンドウにべたりと張り付いているニコの横に進み出た。

「ね、ね、どれがいいかな!」

「そうだな……あの白いのなんて、いいんじゃないかな。シンプルで君によく似合うと思う」

「やっぱり!? ボクもそー思ってた! 店員さーん!」

 公平はもう一度、ニコにばれないようにため息をついた。

 もしニコが成人なら、当座の資金を援助し、後は職を紹介、斡旋はするが、基本は自助努力、として放っておくところだ。けれどやはり、どうしても、公平にとってニコは、保護すべき子どもだった。結果、公平自身のポリシーや、日本の役所の職務規程的なところから外れたことだとはいえ、彼女を嘱託職員として雇用し、給与を出すことにしてしまった。

 とはいえ、現状ニコに与えられるような仕事はあまりない。ミーカ一人で十分、手は足りている。期末は忙しい、というけれどそれは半年は先のこと。

 するとこのままでは自分は、外部業者に税金を無為に垂れ流す腐敗役人になってしまう、キックバックを疑われてしまう、と怯えた公平はニコに、嘱託職員であると同時に、冒険者になることを提案した。肉体的には大人と遜色ないどころか、並の人間よりはるかに優れた鳥人族バード・ヘッズほど、冒険者に適した種族も少ない。ニコは喜んでそれを受け入れ、すっかり気分が晴れたのか、泣きわめいていたのが嘘だったかのように、晴れ渡った顔をしている。

 公平はこっそりため息をつきながら、書類的な言い訳を考えてみる。異世界公務にあたって冒険者業界の情報は必須であり、嘱託職員として冒険者を雇用することは畢竟、利用者へのサービス向上に繋がる……と色々頭をひねってみると少し、自信が湧いてきた。

「……冒険者としての活動は異世界公務員には実際、必須ですから、結構いいアイディアだと思いますよ」

 ミーカはニコをほほえんで見守りながら言った。ニコが冒険者になるにあたって、彼女を一人で冒険の旅に出すわけにもいかない。結果、三人で旅団パーティを組む、ということになったのだ。

「僕がやる冒険なんて……書類の押印がちょっとかすれてるのを、まあ大丈夫かな、って放置するぐらいだよ」

「あはは、それは大冒険だ。でも、結局この異世界、強さがものを言いますし、そうなったらやっぱり、冒険者の領域ですから」

「でも……ニコが一人で冒険に出かけようとしたら、僕は止めるよ」

「それは私も止めますよ。だって私たち、旅団パーティなんですから、冒険には三人揃って行かないと」

 ミーカがそう言うと、公平は大きくため息をついた。

「……くそ、理屈のこねあいで公務員に勝つなんて、一体全体なんなんだ君は……」

「あはは、ほらほら、公平さんも観念して指輪見ましょ。今日が私たちの旅団パーティ、結成の日なんですから」

「……旅団パーティの結成……どこかに申請しなくても大丈夫?」

「大丈夫です!」

 冒険者は通常、四人から八人の集団で旅団パーティ、となり、よっぽどのことがない限り、常に旅団パーティで行動する。特に申請はいらないが必須とされるのが、三人が今買いに来ているこの指輪だ。同胞団どうほうだん指輪ゆびわ、と呼ばれるそれは、同じ指輪をはめたものと経験値を山分けできる特殊なスキルが込められている。

「サイズはどうかな……ボクの、ありますか?」

 不安そうに商品を出してもらったニコは、しかし、店員から商品の説明を聞いて目を輝かせる。同胞団の指輪はある程度、着用者に合わせて伸縮自在の特殊な素材でできている。

「ふわぁ……」

 光り輝く、というほどではなかったけれど、神秘的な光をわずかに放つ指輪を見て、ニコが目を輝かせる。その無邪気な顔を見ていると、公平も少し、それまで頭を悩ませていた出来事をつかの間忘れ、ほっと息をついた。

「これ! これにします!」

「……もっと選んでもいいけど、いいの?」

「うん! 後は公平に選んであげる! ミーカのも!」

 それから小一時間、ニコは自分のものを決める数倍の時間をかけ、二人の指輪を選んだ。

 公平はシンプルな、ニコのものと対になるような、黒い指輪。ミーカは少し華やかな、青の指輪。宝石がはめこんであるわけでもなく、経験値の分割以外には特殊な効果のない指輪とはいえ、やはり魔道具ガジェットではあるので一つ金貨十枚はする。

「……え、ボクはボクの買うよ?」

 三人分の指輪代は果たしてどんな勘定科目になるのか、経費として認められるのか頭を悩ませていた公平だけれど、当たり前のような顔をしてニコが言ったので少し困惑した。

「え、いいの?」

「だってミリーラのとこのお給料、まだ残ってるもん」

 なぜか急に唇をとがらせたニコに困惑してしまう公平。ミーカはそんな二人をただ、ほほえましそうに眺めている。やがて満足がいったのか、公平に耳打ち。

「公平さん公平さん、冒険者は自分の指輪は自分で買うしきたりなんですよ」

「あ、そうなのか……ということは、はめあったりしなくていい……?」

「……あの、ちゃんとわかってます? ここではニコは子どもじゃなくて……人、なんです」

「……明日から青は止まれ、赤は進めです、って言われても、慣れるのには時間がいるよ」

 やがて三人はそれぞれの指輪をつけ終えると、少し照れ笑いを浮かべながら向き合った。

「じゃ、旅団長パーティ・リーダーは公平ね! はいスピーチ!」

「え、そういうのがいる感じなの?」

「まあまあ、テープカットだと思って」

旅団パーティは同胞、血盟、なんだよ、だからちゃんと、結成、しなきゃだめなの。スピーチしたら、全員で指輪をぶつけ合って、そしたら旅団パーティの結成!」

 そう言われると妙な顔になり、ぼりぼりと頭をかいてしまう公平。やはり団体の結成ならどこかに書類、届け出を提出する必要があるのでは……などとぼんやり思う。

「えー……じゃあ、まあ……その……」

 店員の女性が、なにかほほえましいものを見守る目なのがかなり恥ずかしい。店内にいる他の冒険者らしき人々も、なにやら暖かい視線をこちらに向けている。

 どんな冒険者にも指輪をぶつけ合った瞬間がある、とは、異世界のことわざだ。彼らはきっと、自身のそれを思い出しているのだろう。公平は少し早口ながらも、二人の目を見つつ、覚えている誓いの言葉らしきものを引用しつつ、言った。

「あー……僕ら三人は……生まれる日が違い、育った場所も違い、好き嫌いも違うけど……誰かが死にそうなときは、隣で戦って……誰かが戦うときは、その背中を守って、誰かに守られるなら、その代わりに戦って……よぼよぼになったら、年金もらいながら、昔話をしたりすることを、ここに、誓います」

 少し赤くなりながらも、かちん、かちん、と人差し指にはめた指輪をぶつけ合う。公平の言葉をきいたミーカは少し眉を上げてはっと息をのんだけれど、やがて笑った。桃園の誓いをベースに、歌の歌詞も混ざったのだろうけれど……死ぬときは一緒に、とは言わないのが、なんとも公平らしい気がした。

「誓いまーす!」

 ニコはうれしそうに、がちん、がちん、と強めに何度も。ミーカはそんな彼女の手を守るようにとって、かちり。公平にも、かちり。

「うん、誓います」

「よーし公平! 公平の目標は!?」

「へ、も、目標?」

「そうだよ、リーダー旅団パーティの目的を決めなきゃだめなんだよ」

「じゃあ……あれだ……みんなが健康的で、文化的な、最高の生活を送れるように……とか」

「じゃあボクはそれを叶えて白宝位ダイヤモンドになる!」

 国家戦力と称されることもある、最高位の冒険者、白宝位ダイヤモンドは、新人冒険者なら一度は夢見る目標だ。周囲から暖かな拍手が沸き起こって、公平はなんだか、ますます赤くなって、逃げるように店から出た。ミーカはそれを笑いながら追って、少し不満げなニコはタックルするように彼の足に飛びついて、もぞもぞと背中を這い上り、いつもの肩車の位置に納まった。三人の背中に、大変なのはこっからだぜ、とでも言いたげな視線と、心からの祝福が送られていた。


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