15 児童でなければ児童労働はできない
「…………ふへー」
ぽりぽりと頬をかきながら、
「ボク、ボクは……あの、巣に籠もってるだけじゃ、嫌で……それで、飛び出してきたんですけど……街で暮らして行くにはお金がなくて……そしたら、ミリーラ様に拾われて……」
椅子に座り、訥々と身の上を話してくれるニコ。
ミリーラは人形態のニコに話しかけるとすぐ
「あの女……児童労働にまで手を染めてやがったのか……」
「いや公平さん……えーと……ニコちゃん、今、いくつ?」
「今年で二十巡り、ええと、街の歴に直すと、十歳……?」
ぱたぱた、と背中の羽根と、頭の横に少し突き出ている風切り羽根が揺れる。美しい、茶と焦げ茶、それから純白の、縞模様。
「公平さん、
「うん、そうだよ。父さんたちが母さんたちと巣を作ったのも、二十巡り、十歳のとき」
「…………
「……でも……それで、どうして、僕を、わざわざ治しに来てくれたんだい?」
「それは…………あの、私、シゴトって、こんなものだとは、知らなくて……」
ニコはぷるぷる、小さな肩を震わせる。
大体の
ミリーラに見込まれて嬉しくなったニコは、荒事部隊の仕事を喜んでこなそうとしたが……無理だった。ニコが想像していたシゴトとは、荷物を運んだり、モノを売ったりするものだったのに……実際に与えられたのは剣を握って人を脅し、ときに立てなくなるまで蹴りつけ、悲鳴が枯れるまで拷問する。一日勤めただけで、ストレスで羽根が抜け落ちるほどだった。突発的に悪事を働くのは誰にでもできるが、それを仕事、日常にするのは適正と訓練が必要なのだ。
「ボク…………ボクは……普通の人みたいに、普通に、シゴト、したいのに……人を傷つけたり、脅したり……公平のときは、あの人たち、殺す気だった……!」
溢れる涙を、拭いもしないニコ。幼いニコがそんな顔をしていると、どうにも我慢できなくなって、公平は彼女を抱きしめた。
「ううう……ごめん、ごめんなさい……酷いコトして、ごめんなさい……」
胸の中で泣き続けるニコを見て、それからミーカに目をやる。彼女は少し目を潤ませて、口に手を当てている。公平の視線に気付くと涙を拭い、真っ向から視線を絡み合わせる。
「公平さん、もし子どもを働かせるわけにはいかない、とか言ったら私、暴れますからね」
ミーカにはもうだいぶ、彼の言いそうなことは、予想がついていた。
「ちょ……ちょっと待ってくれよ……でも、十歳の児童にできる援助なんて……」
さすがの公平でも、児童絡みの案件は専門外だ。仕事の中で対処したことはあるけれど、それはあくまで付随的なもので、専門の部署や人員に繋ぐまでの相手をした、程度の経験。こと役所において子ども、児童は、専門家の専門分野の中にいる特殊な存在なのだ。
「だから児童じゃないんですってば……ウチでいくらでも援助、職も斡旋できますよ」
「斡旋、って……仮にも役所が、児童労働の斡旋なんてできないって!」
この異世界でニコは子ども、児童ではないのだ、と聞かされ、そう思い込もうとしても……染みついた習性というものは、なかなか消えない。
「私、十七歳の児童なんですけど?」
「それは、まあ……青色申告してた、高額納税者は児童ではないとしても……いいような……」
「…………まあ、それは……」
「それに君は嘱託職員であって、職を斡旋したわけではないと……言えるような……」
「思い切り直接雇用してるじゃないですか!」
「しょ、しょうがないだろ……ぜ、前任者のやったことですから」
「な……! こ、このお役人! じゃあニコちゃんを嘱託職員にしたっていいですね!」
「だ、だめだって! 職のない人は自立して働いてもらうべきであって、行政はその手助けをするだけだよ! 役所しか行く場所がない、なんてのは本来、あっちゃいけないだろう!」
「そんな正論は私だってわかってますよ。でも、でもじゃあ、こんなに困ってる人を助けなくても、いいんですか、国は……?」
そう言われると、どうしたものやら、ほとほと困ってしまって天井を見上げる公平。胸の中のニコはようやく泣き止んだものの、まだひっく、ひっくとしゃくり上げている。
ニコがもし十歳でなければ、勧められる仕事はまだ少し異世界には疎い公平にでも、何個も思いついたけれど……。
泣いてしまいそうなほど、胸の中の少女は、小さい。
「あー……サイオンさん、まだミリーラさんのところで、働くつもり、なのかな?」
「……もう、もう嫌だ……」
その言葉を聞くと、公平は大きく息をついた。
…………元服の年齢は、十五歳だったんだ。
と、いうような理屈を心で強く思う。
「……よし」
公平がニコの肩を、両手でしっかりと掴む。
「サイオンさん、良かったら、僕と一緒に働かないか? 人を傷つけることはしない、みんなの役に立つ仕事だ。色々秘密は守ってもら」
「……や……! ……やる! やらせてください、ボク、ボク、精一杯働きます! 吉田様の言いつけをきちんと守って、しっかり!」
「公平さん……! だ、大丈夫ですか? ニコちゃんを嘱託職員にするってことですよね?」
「……始末書一枚二枚で子どもが救えるなら……安いモノでは、ないだろうか。マスコミに追求されることもない……と、思うし……」
ルールを曲げてしまった、と天井に向かって深い息をついてしまう公平。けれどそのルールを、一体なんのために守るのか、と思ってベッドから降り、腰を折り、ニコの目をしっかりと正面から見据えて言った。
「…………ニコ。様、なんてつけなくていいんだ」
「で、でも……ミリーラ様は、雇い主には、様をつけるものだ、雇う方と雇われる方じゃ、雇われる方は弱いからって……ボクも、そうだなって……」
「それは……違う。世の中の誰も、誰かに様をつけて呼べ、なんて、強制はできないんだ」
「で、でもそうしないと、お給料、もらえないって」
「お給料は、君が雇い主と対等だっていう証だよ。もし君が本当に弱かったら、ミリーラはお給料だって払わなかったはずだろ。それに僕は君を雇うんじゃない、一緒に働くだけさ」
「…………じゃ、じゃあ……なんて……なんて呼べば……?」
「それは、君が自由に決めることだよ。まあ、変なあだ名をつけるのはやめて欲しいけど」
そう言われると、ニコは俯いた。
「…………自由って、なんですか……?」
ニコの瞳が、また潤んでいく。
「街には、巣の中にはない自由があるって、お姉ちゃんが言ってました。普通の人たちは、それを胸いっぱいに吸ってるから、飛べなくても平気なんだって。でも…………街に来てみたら……お金がないと、なにもできません……」
「……そりゃ、そうさ。自由ってのは、九割お金のことだからね」
「きゅ、九割……? お金を稼げば自由に、なれるんですか?」
「少なくとも、お金がない状態よりは。後の一割は自分で信じることかな」
「……信じる?」
「どこでも行ける。なんでもやれる。自分の行く先を決めるのは自分だ、って。自由なんて、それぐらいのことだよ。僕らは飛べないから、代わりにそういうのを信じてるんだ」
公平の言葉を聞いて、ニコはしばらく俯き黙り込んでいた。だがやがて顔を上げ、正面から彼の顔を見つめ、言った。
「…………私……公平みたいになりたい……!」
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