第二章 お役人とお役人

01 良い文化、普通の文化、悪い文化



「私、この異世界に来てからず~っと、奴隷制の改善に取り組んでるんです。それでちょ~っと、ZOCゾックの人と揉めたりもするんですけど……」

 アビーに連れられて三人がやって来たのは、ガァトの街の中央通りに立つ、一軒の店。看板には大きく〈アビーの星の魔道具ガジェット店〉の文字。

「これ、は……?」

 まるで車のショールームのような店内。異なっていたのは飾られているのが車ではなく、なにやら子ども程度のサイズがある、人形だということ。木目調のボディと扁平な頭が、妙に愛らしい印象を醸し出している。

「家庭用機兵ゴーレム、商品名、ワーキング・フリーマン。ウォフちゃんって呼んであげてください。ほらウォフちゃん、ご挨拶!」

 アビーが言うと小型人形は軽やかに動き出す。公平に向け、貴族じみたお辞儀を一つ。

「数十の家庭で試験運用中ですけど、便利だー、ってすごい評判なんですよ」

 えっへん、とばかりに胸を張るアビー。目を輝かせるニコ。

「すごいすごい! 触っていいですか!?」

「ええどーぞどーぞ。どーんって押しても大丈夫ですよ」

 愛らしく、力強く動くウォフを見ていると、一瞬ここが異世界であることを忘れ、最先端ロボット研究所にいるような気分になってしまう公平。ニコはもう、興味が溢れて止まらない、という顔でぺたぺたとウォフに触れている。ミーカも少しは興味があるのか、へえ、という顔。

「理論はできてたんですけど、実用化がなかなか難しくて……おまけにZOCゾックの人たちもぶーぶー言ってくるものですから、本当に困ってたんですけど……ようやく、という感じなんです」

ZOCゾックが……? どうして? 機兵ゴーレムは、この異世界にあるもの……ですよね?」

 公平の調べによれば、軍用の機兵ゴーレムなら異世界各国のどこでも、一部隊は抱えているはずだ。それを家庭用に転用した、という話は聞かないけれど……。

「それはやっぱり……言ってみればこれは、文化の破壊ですから……」

 小さく、少し恥じ入るように、アビーは言う。けれどすぐ、まっすぐ、公平を見て続ける。

「でも、たとえ原則に、少し違反することになっても……私は、奴隷制を……見なかったことにはできないです。文化とも、呼びたくないです」

 その視線のまっすぐさは、公平には少し、まぶしかった。仕事の中で自分が意図的に麻痺させてきた感覚を、彼女は意図的に、持ち続けている。そんなことさえ思ってしまった。

「でも……人は理念じゃ変わりませんからね。利便のためじゃないと」

 青臭いことを言ってしまったのが少し恥ずかしかったのか、ぽりぽりと頭をかきながら言うアビー。公平はなんとも居心地の悪い思いがして、つられて頭をかいた。口を開けば現実を俯瞰して冷笑する言葉しか出てこない気がして、黙っておく。

「おーいアビー、特注の十体上がった……お! そいつらが例の!?」

 と、そこで店の奥、工房部分から、少し訛りのある陽気な声、英語が聞こえ、浅黒い肌をした、小太りの男が姿をあらわした。三人を見ると顔を輝かせ、親しげに歩み寄って手を差し出し、流暢な日本語で言う。

「よおよお! オレはメキシコの異世界公務員、エドゥアルド・ペーニャ・エルナンデス! ラロでいいぜ! お近づきの印に一体どうだい? 安くしとくよ!」

 握手した手を勢いよくぶんぶんと振り、白い歯を見せて笑う。少々薄汚れてはいたものの、人好きのする笑顔だった。

「は、初めまして……こ、これ、一体、おいくらなんですか?」

「市販は金貨百枚の予定。ご同業のお仲間相手なら、六十枚あたりにまけとくよ!」

 ラロが頼もしそうにウォフの肩を叩く。叩かれたウォフは、任せておけ、とばかりに樽を器用に転がし、ひらり、その上に飛び乗ってバランスを取ってみせる。まるでサーカス、その姿を見たニコが、すごいすごーい! と手を叩いて喜んでいる。

「ここいらの奴隷はだいたい金貨二十枚から二百枚。だがこいつはメシもベッドもトイレもいらねえ。搭載魔石で三ヶ月ぶっ続け超過勤務も朝飯前、魔石がからっけつになっても一週間充填しときゃまた働いてくれる。優れもの、だろ?」

「うふふ~、魔道具ガジェット関連スキルにSPを注ぎ込んできた甲斐がありました~」

「つまるところ……奴隷制を、地球の……なんでしょうね、馬車? みたいに、時代遅れなものに、する、と? この家庭用機兵ゴーレムが最初の大衆車……T型フォードみたいなもので……」

 公平が要約してみせると、彼女は顔を輝かせた。

「その通り~! 吉田さん、話がわかる~! その通りなんですよ!」

「なるほど……あ、こらニコ!」

「あ、大丈夫ですよ、ニコちゃん、跨がっちゃってください。バランス機構は地球のロボよりすごいですから。ふふ……地球でもスキルが使えたら、色々夢が広がるんですけど~」

 許可をもらって喜色満面、樽から降りていたウォフの肩に跨がるニコ。ミーカは少し、うらやましそうだ。ウォフはびくりともしない。それどころか肩の上にニコを乗せたまま、ミーカの手をとり、ちょっとした踊りさえやってみせる。公平はそれを見ながら考える。

 公平自身はこの異世界に奴隷制があると知ったとき、あっさり受け入れられたわけではない。転生に失敗した人々の末路には、奴隷に身を落とし過酷な労働を強いられる、というパターンが非常に多い。その奴隷制を時代遅れにしようというアビーは、地球で言えば、高潔な理念の元で人道支援事業に邁進している、と言ってもいいほどなのだろうけれど……。

 公平には、どうも、なにかが危ういように思えてならなかった。

 彼の経験からすると理念で動く人間というのは、福祉の現場において、あまり歓迎できる存在ではない。個人の理念や思想というものはそもそも、変わっていくものだからだ。仕事だから、決まりだから、と、ある程度、福祉の対象と距離をとって事務的にやれる人間の方が、結果的には長く福祉の仕事を続け、結局はより多くの人間を助けることになる。福祉に個人の理念はいらない、ということではないけれど、憲法と法律に基づいた方が効率的だろう、とは、公平が常々、思っていることだ。それが現実とうまくすりあわせられるかは、別として。

「……それで……あー……一台売って、利益はいかほどで……?」

「一台売れるごとに、金貨四百枚の赤字です」

 公平は一瞬、聞き間違いかと思ってしまってアビーを見た。

「…………は? 四百……万円、の赤字?」

「だいたいそうですね。でも、この事業に関しては採算を目的としたものではないんです」

「本当に……奴隷制を廃止するため、だけに? 一台四百万円の赤字を……えと、一台だいたい、四万ドルの赤字を……? ちょ、ちょっと待ってください、何台売るつもりなんです?」

「…………も~! 大統領と同じこと言って~!」

 アビーは顔を真っ赤にして、手をぶんぶんと振り回した。

「私はこの家庭用機兵ゴーレムを、この異世界から奴隷制が過去の遺物になっちゃうまで、普及させようと思ってるんです! 何台とかはないです! どこの世界……ここが異世界でも、生産性や採算を考えて福祉なんてやらないでしょう!」

 そう言われるともう、公平にはなにも言えなかった。

「あ、いや、その、申し訳ありません、いやその、ええと、ウチは、一人に職を斡旋するのにもキュウキュウしてるものですから……その……スケールが違い過ぎて……失礼しました……」

 うろたえる公平を見ると、不機嫌そうだったアビーは少し笑った。

「……ま~、アメリカ人の転生者ウチの人たちは、国に構われるのを嫌う人たちが多いですから、あんまり手がかからないんですよ。予算も余っちゃって、その消化もかねて、ですから」

「ってなこと言ってるけどね、こいつ、この件で大統領から直々に怒られたんだぜ、わざわざホワイトハウスに呼び出されて、金使いすぎだって! だいたい先月まで魔石の入手先にだって困ってて、量産する目処もたってなかったんだぜ!」

「ちょ、ちょっとラロ! 国家機密の漏洩ですよ!」

 頬を朱に染めて手を振り上げるアビー。ラロはけらけら笑い、一台のウォフの影に隠れる。

「ま、魔石はミリーラさんから買い付けの話はすんでるから、量産体制はもう整ってます! ちゃんと事業として軌道に乗ってきたところでしょ!」

「どうだかねぇ、あの姉ちゃん、後々何を要求してくるかわかったもんじゃないぜ? あんたがアメリカの異世界公務員だって知らなきゃ話も聞いてくれなかったじゃないか。オレは知らないからな、支払いを待ってやる代わりにヤクの原料を輸送しろとか言われても」

「……あ、相手はガァトナ商人職団ギルドの、おさですよ? 無法なことはしない……はずですよ」

「どうかねえ……東の方で新しくできたカジノ、あの姉ちゃんの息がかかってるって噂がある。で、そのカジノのあだ名が超特急奴隷製造所。はてさて、ねぇ?」

「…………だ、だから頑張ってウォフを作って……」

「我々労働者はぁー! 資本家の横暴にぃー! 反対するものであるぅー!」

「ちゃ、ちゃんとお給料は払ってるでしょ!」

「あのな、これから数千台、万台作ろうってのに従業員オレ一人って、姉さんよ、時代が時代ならオレはウォフに火ぃつけて上に乗って叫んでるぜ、ここいらの魔道具ガジェット職人さんたちゃ保守的だから、職団ギルドふくめて家庭用機兵ゴーレムなんて、鼻で笑って相手にしないしな」

「そ、それは……ウォフが認められれば……向こうから、雇ってくれ、手伝わせてくれって言ってきますよ、そ、それにこうして、ほら、手伝ってくれ……そうな……人を……」

 ふざけるラロと、うろたえるアビーの会話も、公平にはあまり耳に入ってこなかった。話のスケールの違いに頭が痺れてしまってなにも考えられない。

「アビーさん……これが売れないとお金がないっていうのは、本当なんですか?」

「……え~、ま~、その~」

 もじもじと手をいじりながら、照れ笑いを浮かべるアビー。

「この大陸の奴隷人口は二十万人超。奴隷を持っている世帯で考えると、十万超……顧客の数的には……まあその……吉田さん的には、悪い話では……」

 どんどん声が小さくなる。まるでテストの不出来さを叱られている子どもだ。

「わかりました……では、お手伝いさせてください」

 にこやかに笑ってそう言うと、アビーの顔が、ぱぁ、と純粋な喜びに輝いた。

「これで計画倒れになって、ミリーラさんへの支払い分もない、ということになりますと……僕としても、始末書ものですから」

 が、それは単純に金銭のしがらみから、とわかると、アビーの顔が、うへぇ、とばかりに苦々しくゆがんだ。子どものように表情がころころ変わる彼女を見て公平は、なんだか憎めない人だな、と思ってしまった。


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