10 怒られれば済む話、とはいえ実際に怒られるのはキツい



「君は自分が何をしたのか、わかっていますか?」

 霞ヶ関。日本ダイバーシティ推進機構会議室。

 一分の隙もないダークスーツの男が、浅く椅子に腰掛け、冷たい視線を公平に投げかけていた。冬杜は横で神妙な顔で座っている。公平は二人の前に立ち、ひたすら耐えていた。

「ええと……事前に相談できなかったことは、大変申し訳なく思っています。感情にまかせて、突っ走ってしまいました、処分はいかようにも……」

「謝罪の言葉が聞きたい、と、言いましたか、私は」

 ダークスーツの男、公平の直属の上司、冬杜の、さらに直属の上司、南雲なぐも夏彦なつひこ。日本ダイバーシティ推進機構推進本部部長は、小さくため息をついた。黒い革手袋をした手が神経質そうに、たん、たん、と机を叩く。公平は、社会人として報連相の軽視をしたこと自体は反省はするものの……心の奥底では、自分は「良いこと」をしたのだから、これは一応、怒るポーズをされて、怒られるポーズをしていれば、後はうやむやになるヤツだろう、などと考えている。

「上役にしかるべき相談なく、独自の判断で、異世界における福祉事業を立ち上げました。それについては、自分の不徳の致すところであったと」

「なにか勘違いをしているようですが、あなたのやったことは福祉ではありません。自国民に向けて、より良い生活を提供するのが福祉です。あなたがやったのは単に、異世界でビジネスを始めただけ。それも、転生民と共同で。これがどれだけ公務員として不適切か、そして」

「部長、その辺で、どうか……私からも十分に、言い聞かせておきますので」

 冬杜がとりなすけれど、南雲は顔に無表情を貼り付けたまま。

「……詳しくはまた、報告書を上げてもらってからにしましょうか。冬杜くん、君の監督責任でもあります。しっかりと指導してください」

 南雲は立ち上がり、こつこつと革靴の音を響かせながら会議室を後にした。

「あの、僕……そんなにマズかったですか?」

「君はなんというか……案外、ちゃっかりしてるんだな」

 そんなにこたえていない公平に少し笑いながら、冬杜は言った。

「アメリカの異世界公務員と関わってしまったのは……やはり、まずかったんですかね……?」

 だが公平がそう尋ねると、冬杜は難しそうな顔をする。

「マズい、ということは、ないんだがね……」

「異世界の出来事は、地球に持ち込まない。異世界公務員は全権大使のようなもの、と言ってましたけどあの人……」

「間違いではない。間違いではないが……さてまいったな……どう話せばいいのか……」

「なにか……機密、が……? 一年目のペーペーには話せないような……?」

 僕は一体全体、なにをやらかしたんだ……?

 プルルルッ。

 びくんっ! と二人とも体を震わせてしまうほどのタイミングで、会議室の内線電話が鳴った。公平を制して、冬杜が電話に出る。

「はい会議室……はい、はい……はい……なるほど……そのように……はい、失礼します」

 電話を切った冬杜は大きくため息をついて、それから顔をほころばせた。

「さて、吉田くん」

「は、はい」

「懲罰というわけではないが、君にやってもらうことがある。多量にある、といってもいい」

 とうとう僕も、始末書もちか……と、目の前が真っ暗になる公平。公務員の始末書、というのはおおむね、前科に等しい。だが冬杜は、意地悪くほほ笑む。

「始末書……………………というわけではないぞ、念のため言っておくが」

「はい……はい?」

「あのなぁ、吉田くん、我々は異世界の存在を百年近く、国民にひた隠しにしている秘密組織だ。いちいちこんなことで始末書は書かせないさ。なにをしでかそうが履歴書には残らないから、安心したまえ。だからといって好き放題されても困るが」

「は、はぁ……でしたら、なにを……報告書、ですか?」

「そう、収支報告書だ。君は今後、鈴木氏からの徴税も担当する。君自身が関わった事業から徴税する、納税される……これがどれだけ書類上面倒なことになるか……おまけに今回は、ラーソン女史まで関わっている。まさかとは思うが、彼女と金銭的なやりとりはないだろうな」

「な、ななな、ないです!」

「それならまあ、三分の二ぐらいに書類は減らせるか……君ね、仕事を作るのはいいけれど……仕事を増やすのは勘弁してくれよ」

 冬杜がそう言うと、公平の顔は真っ赤になった。

「今回の件、どれだけ何を買って、何に使って、どれだけ儲けたのか、確定申告するつもりでやってくれ。複式帳簿でやれとは言わんが、会計課が見て納得できるレベルでね。とりあえずちょくちょく進捗は見るから」

「そ、そこまでのレベルで、ですか? 原資は僕がレベル上げのときに拾った金ですけど……」

「君の勤務中に得たものはすべて、日本の財産だ。君はその国家の財産を使って、投資して、一定の成果を得た。どこぞの破綻事業じゃあないんだ、失敗したからお金なくなりました、では済まされないぞ。書式はPCの中にひな形がある。可及的速やかにかかってくれ」

「………えーと、いったん、家に持ち帰っても……」

 頭の中で冷静に仕事量を計算してみる。するとどう考えても、一日中書類作成に当てたとしても終わらない量だと気付いた公平は言うけれど……冬杜は満面の笑みを浮かべて、言う。

「他人に漏らしたらスパイと同じ扱いになる機密情報を、家のパソコンで扱いたい、と、君が言うなら、まあ反対はしないよ。できたら、研修終了の最終試験的なものに取りかかってもらう。そうしたら、今は話せないことも、色々話せるようになる。期待してるよ、吉田くん」

「……で、でも、そんな量、定時までには……」

「知らなかったのか? 新宿より渋谷より、日本で一番の不夜城はここ、霞ヶ関だぞ」


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