09 最低限度のレベルの生活



 ミーカによれば。

 アビーはアメリカの異世界公務員を、もう十年は勤めているというベテランで(年齢は聞いても教えてくれないんですけど、とのこと)、音楽の話で打ち解け個人的な友達となり、たびたびタバーン・カンポを訪れてくれるのだという。得意とするのは魔道具ガジェット開発で、まさしく手を借りるのにうってつけの人物だ。けれど、他国の公務員と接する、ということで公平は、一つ間違えれば僕が戦争の引き金となってしまうのでは……? と怯えていた。アビーはただほわほわした顔で「国際協調ですよ~」と笑うだけ。

 ……ま、なにかあったら、謝ろう。鈴木さんの今後のためだし、雇用創出だし、怒られるにしても、一回コラって言われるぐらいで済むだろう、などと思ってはいたものの……。

「なんか、上手くいきすぎて逆に怖いんですが……」

 公平は酒場の一角にオープンした、新たな店を見て呟いた。

「ここでビジネスを始めるってなったら、こういうものですよ」

 と、ミーカは何の気なしに答える。

「テクノロジーは、人間が幸せになるためのものですからね~」

 と、朗らかに言うのはアビー。

「はい、六属性セット、三セットで!」

「おーい、こっちは火球爆杖ばくじょうを十本……いや、十二本頼むぜ」

「はい喜んでっ!」

「ちょっとご相談なんですが……合成属性杖の販売予定はありませんか?」

「でしたら、現在開発中です! 来巡りまでにはいいお知らせができるかと……!」

 タバーン・カンポ、一階。

 酒場の外、気の利いたカフェならテラス席があるような場所にオープンした魔道具ガジェット店は、二畳ほどのスペースしかないものの、大盛況の賑わいを見せていた。雇われ店長となった鈴木は忙しそうに接客をこなし、額に汗を滲ませている。

 三人がアビーと共に開発したのは、廉価版の魔法杖。異世界における基本六属性、地水火風光闇、の魔法スキルを発射できるもの。通常であれば金貨百枚はするはずのそれが……。

「はいっ、水流爆杖ばくじょう一本、金貨五枚ね!」

「……これ、大丈夫ですよね、こっちの文化を侵襲してるとか、思われないですよね?」

 やや不安そうな顔の公平。

「大丈夫ですよ。私たちはこの異世界で、福祉事業を立ち上げたんですから、文句つけてきたら、逆に文句を言ってやりましょう」

 アビーは平気な顔。

 三人とアビーは、魔法杖を使い捨てとして設計することにより、コストダウンに成功したのだ。通常、スキルの足りない者が魔道具ガジェットを作れば、魔石が暴走し爆発を引き起こす。歴史書では魔石暴走により国土がすべて蒸発した国もあったそうだが……魔法杖では、手が吹き飛ぶ程度。とはいえ使用するたびにそんな危険がある道具など、誰も使いたがらない。

「私、あれ、ず~っと、もったいないな、と思ってたんですよ」

 しかし、ほほ笑むアビーの発案で、これを攻撃力に転化したのだ。

 どういうことかと言えば、爆発はするものの、それを、一回使えば必ず五秒後に爆発する魔道具ガジェット、として調節した。規模は大分違うけれど、使い切りのピストルが、そのまま手榴弾になるような形。さらにこの形なら、高価な魔石も多量には必要ない。粉にした魔石を必要量、杖本体に塗布して済ませられる。まさしく、一石二鳥のアイディアだった。

 まずは鈴木に、転生者のレベル上げを補助する、生活補助レベリング一時申請金を申請してもらい、その金を使いレベル上げ。冒険者に倒されていく魔物には、なんとか目をつぶってもらう。そしてこれには公平も付き合い、二人して、魔道具ガジェット関連の最低限のスキルを取る。そしてアビーの助けを借りつつ、魔道具ガジェットの開発。

「まあ……それもそうですよね」

 公平は頷き、新式の魔法杖、商品名、特攻自爆杖アサルト・スーサイド・スタッフ、略称、爆杖ばくじょうを手に手に、嬉しそうな顔で帰って行く人たちの顔を眺める。夕日に染まった彼らの顔は、一種言いがたい雰囲気に満ちていた。公平がそれを名付けるなら……希望、ということになるだろうか。

 聞けばこの異世界では、レベル一でも与えられる仕事が、あるにはあるという。倉庫番と呼ばれる仕事がそれだ。

 異世界の人間にはすべて、蔵箱アイテム・ボックス、と呼ばれる力が備わっている。棚一つ分程度の物品を、時間を止めたまま亜空間に収納できるその力は、スキルによって拡張も可能だ。

 この異世界の貧乏人は、契約魔法によって、そのスペースを雇用主に差し出す。契約魔法を面倒くさがる雇用主だと、ただ部屋に閉じ込めておくだけ、ということも多いといい、そのまま奴隷になるケースも珍しくはない。

 そんなの、臓器売買みたいなものじゃないか。

 この話を聞いた公平は大層憤り、爆杖ばくじょうの開発に専念したのだった。無知があるのはしょうがないし、貧困があるのも致し方ない。けれど、それを見てなにもしないでいる、というのは、公平にとって、なによりも悪だ。

 アビーの助けを借りたとはいえ、この人たちの今後の生活を、自分が向上させられたんだ、と思うと、胸がじん、と痺れるような気持ちで一杯になる。これなら自分も、この異世界でなんとかうまく、仕事をしていけるだろう。そう思ったのだった。


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