夏休み前日

 高橋とはあれから会っていない。というよりは会うことが出来なかった。あの告白の翌日、引っ越しが急なのを示すように担任から事後報告を受けた。


 要するに高橋はもうこの町にはいなかった。その翌日には高橋の机が片付けられ、僕の席の出っ張りがなくなっていた。


 このせいで、もしかしたらとキョロキョロして後ろの扉から廊下を見ていたら先生に怒られてしまった。


 いないのはわかっているのに。


 そして今日は学期末、夏休み前日だ。この三日間、どんな思考も覚束なかった。高橋がいなくなったからだろうか。

 

 僕はどんな感情でモヤモヤしているのだろう。急に引っ越すなんて言って次の日にはいなくなりやがってとか、連絡先も言わないでとか、そんなことが原因なのか?


 こんなことを考えていて僕はなんの指示も耳に入らず終業式中ずっと座っていたそうな。


 終業式の後、先生に注意されたがそれもよく理解できなかった。


 放課後、ふらふらと体育館倉庫に赴く。いつも通りの倉庫。ただ少しだけ部屋が暗くオレンジ色で高橋がいなかった。


 僕は高橋の定位置に倒れ込む。多分、僕は今、何も考えていないように見えるだろう。


 こんなにも色々考えて、色々ありすぎて何も纏まっていないというのに。だから今になってわかった。高橋がなぜあんなにも上の空だったのか。


 暫く見かけだけはぼけらーっとしながら色々考えた。


 なぜ僕はこんなことになっているのだろう。


 なぜ、何故、なにゆえ。


 高橋を思い巡らす。高橋がいなくなるから?


 それとも高橋に好きだなんて言われたから?


 どれもぱっとしない。いや、しっくりこないが正しい。


 何が理由だ?何が原因だ?


 高橋が理由だ。高橋が原因だ。


 わかっているのにわからない。何かが足りない。何が足りない?


 僕は、なぜこんなにも高橋を思っている?


 ふとあの日の高橋のセリフがハウリングした。


 何でもない会話、バスケの話、そして告白。


 その中のひとつと僕の気持ちが共鳴した。


「多分、僕は高橋のことが好きなんだ」


 そう呟いた。


 急に胸が苦しくなる。最早痛い。意味もなく胸がキュッとするわけないじゃないか。あのとき胸がキュッとしたのは多分、恋していたからなんだと今更になって気づいた。


 いつからだ?いつから恋していた?恋なんてしたことがないからわからないのがもどかしい。


 濁流のように思考が溢れて次々に考えていること移ろいでいく。


 あぁ僕は馬鹿だ。こんな気持ちのなか、高橋は告白を決行したというのか?僕には無理だ。少なくとも高橋のように面と向かっては。


 色んな思いが募ってどうにかなりそうだ。


 ただそのぐちゃぐちゃの思考の上澄みには申し訳なさが募っていた。


 こんな気持ちを知ってしまっては“逃げるのか”なんてセリフ、吐けるわけがない。


 よくもあのときの僕はこんなことを言えたものだ。弁明をさせて貰えるのなら高橋の口癖を真似して場を和ませたかった、そう正直に言いたいが僕がこれを言われても多分、許さないだろう。


 もし高橋に会えるなら誠心誠意、言い訳せず謝ることにする。


 しかし“高橋に会う”これが問題だった。


 住所はそこまで問題ではない。最悪、東京のレストランを全て虱潰しに巡ればどこかで高橋の親に会えるはずだ。


 ただ僕に高橋に会う資格はあるのか、高橋は僕に会ってくれるのか、それが問題なのだ。僕は高橋に非道いことを言った。嫌われていても仕方がない。


 僕は罰だとした。神様がいるならそれの罰でいい。


 思い人に会うことも気持ちも伝えることも出来ない、そんな罰。


 ...わかっている、実際は逃げただけだ。高橋とは違い、自分の気持ちさえからも。


 僕は高橋に気持ちを伝えるのがただただ怖かった。

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