七月七日
いつも通りが元に戻り、体育館倉庫へサボりに。いつも通りにいてはいけないのだが、やはり定位置に高橋がいた。
「きたのか」
スマートフォンをいじりながら言う。
「まぁな」
とりあえずの何の意味も無い会話をする。僕も定位置へ。
「なぁ高橋」
「なんだ」
「何か嫌なことでもあったか?」
勘違いなら勘違いでいいのだが高橋はどこか哀愁を背負っていた。何より、あのときのしおらしい高橋の面影があった。
「サイコか?サイコなのか?」
「エスパーだろ」
わざとだよ、高橋はそう言って誤魔化す。
そのあとすぐ、
「何でもない。角に小指をぶつけた程度のことだ」
そう言った。これも誤魔化しているように感じたが何も言わなかった。
「そういえば今日は七夕だな」
僕はとりあえず話題を変える。
「そうだよ、私もその話をしようと思ってたんだ」
そう言うと高橋はどこからか切り込みの入った長方形の紙を二枚取り出した。
「それ、短冊か?」
「あぁ、そうだ」
高橋は短冊を手でヒラヒラさせながら言ってその片方を手渡してきた。
「これをどうするんだ?」
「勿論、願い事を書くんだよ」
僕は正直、んな子供じゃないのだから、と思った。
「今、馬鹿にしたな?」
「当然のように見透かすな」
少し高橋に茶化された後、
「願い事を書いたってどこに飾るんだ?」
僕は聞く。
「知らないのか?うちの学校は七夕になると屋上に笹が置かれるんだ。そこに飾る」
へー、と僕は知らなかった事を認める。
「それにしても、よく知ってるな」
「いや、まぁ、たまたまだよ。うん」
どうせ他の女子たちの会話に聞き耳でも立てていたのだろう。
「また馬鹿にしてたろ」
「別に」
そんなことを言って僕たちは屋上に向かった。
屋上に出てみると空は晴れ渡り、晴天であった。僕ら風に言えば弁当空と言ったところか。
あのときと違うことと言えば少し強い風が時折吹いてくる。
「いい天気だな」
高橋はそう言いながら屋上の奥側へと駆けていく。僕もそれをよたよたと追いかける。高橋がほら、と言って指差す。屋上の柵に高橋の背をゆうに超えている笹が括られている。
「早く」
催促される。高橋のもとへ着き、
「高校生になっても結構お願いする奴らがいるんだな」
僕は笹に飾られた色とりどりの短冊を見ながら言う。
「ん、そうだな」
高橋は手のひらを下敷きにして短冊に何やら書いている。とても書きづらそうだ。そのせいで適当な受け答えだ。
僕は暇なので趣味が悪いのを承知で書かれている願い事をざっと見てみた。丸っこい文字で書かれた高校生らしい色恋の願いや部活動が上手くいくようとか書いてあった。
一際目立つ金色の短冊にはマジックペンで「こんなのに願う時点で叶わないよ」そう書かれていた。僕は自分の趣味の悪さを悔い、二度と人の願い事を見ないと決めた。
そして高橋にバレないよう笹から短冊を引きちぎって風の吹くまま自由にしてやった。
「よし、書き終わった」
そう言って高橋はペンを渡してきた。ペンなんか持ってないだろと言いたげな顔だ。少しむかつく。お礼は言った。
僕のは白い短冊だった。短冊は色によって書く願い事の種類が決まっていて確か白はルールとか義務とかを守るための願い事だったような気がする。
なので僕も手のひらを下敷きにして「授業をサボらない」と書いた。書いてみて面白くない冗談だと自分で思った。
「真面目に書かないにしてももうちょっと面白いのなかったの?」
「僕は至って真面目だ」
馬鹿にされたので嘘を吐いた。
高橋には「そう」、と流された。
「だったら高橋はなんて書いたんだ?」
復讐の種を探す。
「私は、ほら」
そう言って短冊を誇示する。そこには「友達ができますように」そう書いてあった。短冊は黄色で、黄色は確か人間関係に関する願いだったはずだ。知ってか知らずかぴったりじゃないか。
「つくる気はあるのか?」
しかし素直にそうも思って失礼な方が口に出た。聞くと高橋は短冊を自分の方に向ける。
「...面白くない冗談だな」
友達は欲しいとはどこ吹く風か。それを思ったのも束の間、高橋の短冊の裏にも何か文字が書いてあったのが目に入った。書き損じたのだろうか。そしてまた束の間、高橋はすぐにそれを笹に括った。僕もつられて括った。
「よし」
そう言うと高橋は足早にペントハウスに駆けていく。
「忙しいな」
そう言った瞬間、風が吹いた。そして高橋の短冊が翻る。そこには確かに「ずっとここにいられたら」そう書かれていた。
その意味を聞くこともなく僕は高橋のもとへ向かう。
そのあとはいつも通りサボった。
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