六月下旬某日

 それから数日経っても僕はあのとき残された重箱をロッカーの中に持て余していた。


 教室で何度か高橋と顔を合わせたが話しかける事も話しかけられる事もなかった。今まで教室で話さないのは普通だと思っていた。


 だが今は重箱を返すという大義名分がある、にもかかわらず話しかけるのがはばかられる。


 それで僕たちは特別仲が良かったりしたわけじゃないんだと気づいた。


 そんなことを思っていては体育館倉庫に行って高橋がいたら、そう考えると、理由は違えど僕はいつかのように逃げようとしてしまうだろうと結論が出て、僕がサボりに向かう場所は基本、屋上になっていた。どうせ逃げてしまうのなら始めから逃げておこうと言うわけだ。


 空は曇天と行って差し支えなく、雨は傘を差すも差さないも躊躇われる微妙な雨だ。時期に見合った天気。僕はそんな中、屋上でサボりを決行していた。


 ペントハウスの庇の下、出入り口の横に腰掛けて何もせずにただただ、ぼーっとしている。


 本は借りているものなので万が一濡れると弁償、なんて事になるかも知れないので持ってきてはいない。


 空を眺め、なんとなくため息を吐く。少し肌寒く湿った空気に校舎内に追い返されようとしていると、不意に扉が開く。


「やっと見つけた。結構探し回ったよ」


 明らかに高橋の声だ。僕は空を眺めたまま、毅然と、何も思っていないように、

「何か用か?」


 そうわかりきっている事を聞く。


「最近倉庫に来ないなと思ってな。あと弁当箱返せ」

「あれは決して弁当箱じゃない。重箱だ」


 どこまでもあれは弁当だと言い張るつもりらしい。


「こんな所で何してる」


 高橋は強引に話題を変えてきた。


「サボってるんだよ。」

「雨降ってるけど...室内の方がよくないか?」


 痛いところを突かれた。


「雨が降ってるからいいんだろ」

「文学的な考えはわからん」


 よくわからないが納得してもらえたようだ。すると高橋は、

「もしかして、ホントは私から逃げ回ってるとか。教室でも私を見るとなんか挙動不審になってたし」


 ことごとく逃げ回っていたのがバレている。

 そして自覚はなかったが僕は挙動不審だったらしい。


「...あぁ、そうだよ」


 開き直った。何か取り繕わなければと考えに考えても答えは出ず、結局開き直る事しか出来なかった。


「何で」


 少し怒っている気がする。


「別に」

「私の事が嫌いか」

「まぁ、苦手ではあるな」

「...そうか」


 しょげて言う。


「嫌いではない。あと苦手なのは異性全般だ」


 思わず強めに訂正してしまった。しかも恥ずかしい言い訳をもって。


 少し間があって、

「嫌いなわけじゃないんだな?」

「まぁ、うん」


 また間があって、

「...とにかく弁当箱返せよ」

「僕のロッカーの中だ」

「取りに行くぞ」

「一緒に行ったら色々マズいだろ。サボってるんだから。」


 高橋はそうか、と言って「倉庫にいるから持って来いよ」どこか弾んだ声でそう言って階段を降りていく。


 怒っていると思ったのは気のせいだったみたいだ。そして「もう逃げるなよ」と階段を降りていく足音と共に聞こえる。

 僕は「あぁ、もう逃げない」そう言っておいた。

 高橋と話してバカバカしい理由で逃げ回っていたと気づいた。


 多分、僕らは仲が悪い事はないと思う。でなきゃ嫌いなやつの事を返して貰うものがあったとして探し回るだろうか。僕は僕で最初は仲良くなんて、とは思っていたが今では高橋と話すのは割と楽しい。


 それなのに要らぬ事で思い詰め、高橋を避けていたのにもかかわらず勝手にすっきりしている僕は本当に自分勝手だと自らを戒める。


 だから重箱を返したあと、逃げていたことをどう謝るか考えながら倉庫に向かった。

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