六月十六日

 来たる弁当の日。


 サボるため、もとい弁当を見るため四時間目が始まる直前に体育館倉庫に向かったのだが生徒の声が体育館に着く前から聞こえている。今日は他のクラスで体育の授業があるというのを忘れていた。


 ので、倉庫に侵入はおろか体育館に近寄るだけで誰かの目につく状況でサボる事は叶わなかった。


 まぁこれなら高橋も同じくサボる事は出来なかっただろう。


 勿論、サボりに適した場所は他にもあるがそこに高橋がいるとは思わないし、そもそも僕は全ての授業が鬱陶しくて全てサボりたいわけじゃない。面倒そうな事でなければ授業は基本的に受ける。じゃなきゃ留年とかいうよほど面倒な事になる。


 だから仕方なくと言えば語弊があるが四時間目の授業を受けることにした。


 僕の学校は1クラス縦に五人、それが横に五列。なので1クラス二十五人が標準。だが僕のクラスだけ二十六人で教室の窓側、一番左の列だけ一人分机が後ろに出っ張っている。そこが僕の席だ。


 比較的僕は真面目に四時間目の授業を受けていた。十分くらいして廊下に何かいるのに気がついた。出っ張っている分、教室の後ろの扉の外がキョロキョロしなくても見えるのは僕だけでその何かに気づいているのは僕だけだ。


 それは確かに高橋だった。


 高橋は廊下から僕に来いという合図を送っている。背が割と低いんだなとその時気づいた。このまま授業が終わるまで放置してもいいのだが少し高橋が可哀想になり、「用事ができたので抜けます」、そう言って教室を出た。


 どちらかと言えば授業より高橋の方が優先順位が高かったし、何より呼ばれている理由は分かっている。僕のモットーはあくまでも真面目に生きるではなく自分の信じる事をするとか約束を必ず守るとか母親の教えによったものなので授業をサボるのに何の罪悪感も無かった。


 僕は高橋に連れられ、学校の屋上に来ていた。空は雲がまばらにあり、この時期には珍しい晴天だ。それが高い緑の柵の向こうに見える。


 屋上はそれなりに広く多分、自動車が十台程度悠々駐められるだろう。その中心辺りでほぼ向かい合って地べたに座る。


「なぜ約束を破った。」


 少し茶化すように言う。


「仕方ないだろ。授業やってたんだから」


 高橋は分かってるよ、と言いながら風呂敷の包みを解く。荘厳たる三段の重箱が出てきた。


「まさか、」


 言い終わる前に高橋はその重箱を華麗に広げて見せた。いつかの花見で見たあの豪勢な料理とほぼ同じだった。


「見ろ、これが私の完璧な弁当だ。」


 胸を張って言う。


「これは弁当じゃないだろ。弁当というのは毎日作れてこそ弁当なんだ。これを毎日作れるのか?」


 正直な感想だ。


「そんなことはどうでもいい。とにかくこの料理を見てどう思う」


 どうでもよくはないと思う。


「まぁ、すごいんじゃないか?」


 なので正直な感想ではあるが疑問形になってしまった。


「ふふん、そうだろう、そうだろう」


 そんなことも気にせず満足げだ。そう言いながら割り箸を割る。


「ほら食え」


 唐揚げをつまむ。所謂あーんだ。


「そういうのは、やめろ」

「これは一種の嫌がらせだ」


 そんなのは顔を見ればわかる。茶色い弁当云々を根に持っているのか。困る。


「いいから食え」


 催促する。


「あーもう」


 どうしようもなく差し出されたものを食べる。


「美味いよ」


 僕は少し恥ずかしくなりそっぽを向いて言う。


「そ、そうか」


 なにか恥ずかしそうに言う。高橋は僕に嫌がらせをしていたはずだが、策士策におぼれるというやつだろうか。


「そっちが恥ずかしがってどうする」

「うるさい」


 そう言って一品一品、それがどんなものか説明されながら高橋曰く“弁当“なるものををご馳走になり、高橋と一緒に食べた。

 勿論、自分の分は自分で。


「美味かったよ」

「当然だ」


 端然として言う。


「何で昼休みまで待てなかったんだ」


 口を拭きながら言う。


「私はこの時間と言ったんだ。それを守ったまでだ」

「変に、というかそんなところ律儀じゃなくていい」


 僕と同じようなモットーでも持っているのだろうか。この時自分のモットーが見方によっては中々陸でもないものなのだと知った。


「約束は約束だ」


 そう言って重箱を重ねる。


「僕らこうして一緒にサボってると不良カップルみたいだな」


 あーんのやり返しをしてみる。


「ま、まぁそうだな」


 満更でもなさそうだ。勘違いか?


「やめろよ、そういうの。困る。やり返したのに」

「う、うるさい!」


 そう言って屋上から駆けだした。重箱と風呂敷はそのまま、僕の目の前にある。

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